教養・歴史書評

「貨幣は債権・債務から生じる」とする“内生説”で金融史を鋭く分析 評者・平山賢一

『中央銀行はお金を創造できるか 信用システムの貨幣史』

著者 金井雄一(名古屋大学名誉教授)

名古屋大学出版会 5940円

 日本銀行は、世の中に出回る貨幣を増やして、デフレマインドの払拭(ふっしょく)を果たそうとしてきた。しかし、2022年以降の輸入物価の上昇は、多分に海外要因によるところが大きく、異次元金融緩和とは異なる理由で発生している。日銀の意図しなかった結果に至ったといえそうだ。

 それでは、中央銀行は、貨幣流通量を増やして、インフレ率を高め、経済活動を活発化することは完全にできないのだろうか? 多くの人々が抱く疑問に対して、本書は、そもそも中央銀行は、貨幣を増減させ得ないと断じる。貨幣は、経済活動の外から与えられるものではなく、経済活動を通した債権・債務(信用)から生じるものとするからだ。前者を外生説、後者を内生説と呼ぶが、内生説の立場から金融史の事例を通して外生説を厳しく批判し、その限界を実証していく切れ味は鋭い。

 イングランド銀行の歴史にとどまらず、17世紀のアムステルダム銀行の決済システムや、マーチャント・バンカーの貿易手形の引き受けなどの事例の数々は、「銀行券の形をした紙券を印刷しても、それが銀行券として経済に入っていくためには、振替決済システムが形成されていることと信用取引の先行が必要」であるという。資本主義金融システムを前提とするならば、内生説を理論的支柱としていくことの現代における妥当性が歴史的に実証されている。

 ところで、著者は、資本主義の「金融化(実体経済と乖離(かいり)した金融活動の肥大化)」こそが「内生説の真価が試される問題」であると指摘している。この言葉の意味は、非常に重い。信用が先行して預金通貨が生まれる内生説を前提とするならば、信用を活用してレバレッジ(他人資本で収益率アップ)を拡大する行動は、金融システムに内在された所与の特性そのものであるからだ。

 17世紀以降に発生しているチューリップ・バブルも、同じく18世紀英国の投機による南海バブル、そして21世紀のサブプライム・バブルでさえも、信用取引を前提として発生していることから、内生説の説明力の高さを裏付ける。人類の経験してきたバブルとバーストは、信用と決済システムを前提とする内生説と符合しつつ、資本主義社会の病として繰り返されてきたと考えられる。

 著者は、解決策として「先行する信用取引を、その中身に応じて促進したり抑制したりする仕組み」を模索すべきとするが、楽観と悲観の極みを繰り返す人間の性(さが)からいえば、中央銀行がお金を創造するのと同じくらいハードルは高いかもしれない。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメントチーフストラテジスト)


 かない・ゆういち 1949年生まれ。名古屋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同研究科教授などを経て現職。著書に『イングランド銀行金融政策の形成』『ポンドの苦闘』などがある。


週刊エコノミスト2023年9月19・26日合併号掲載

『中央銀行はお金を創造できるか 信用システムの貨幣史』 評者・平山賢一

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