週刊エコノミスト Onlineロングインタビュー情熱人

「いまダンスをするのは誰だ?」――樋口了一さん

「演技をやったことがないという理由だけで出演を断るのも面白くない気がしました」 撮影=武市公孝
「演技をやったことがないという理由だけで出演を断るのも面白くない気がしました」 撮影=武市公孝

 14年前、45歳でパーキンソン病と診断されて以来、闘病しながら音楽活動を続ける樋口了一さん。初めて俳優に挑戦した映画「いまダンスをするのは誰だ?」が10月7日に全国公開される。(聞き手=井上志津・ライター)

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── 10月7日公開の映画「いまダンスをするのは誰だ?」で俳優に初挑戦し、パーキンソン病にかかった主人公の男性を演じていますね。出演を依頼されたのはいつですか。

樋口 2021年の暮れです。古新(こにい)舜監督からその年の夏に主題歌を依頼され、僕は発注されるとすぐ作ってしまうので、曲を渡して一安心していたら、暮れに出演依頼の手紙が来ました。僕自身がパーキンソン病の当事者だからこそ、リアルに演じられるという面もありましたが、手紙に「清水の舞台から飛び降りる覚悟で(依頼します)」と書かれていたので、それなら僕も一緒に飛ぼうと思いました。演技はまったくやったことはなかったのですが、やったことがないという理由だけで断るのも面白くない気がしました。

── 映画の企画者は同じくパーキンソン病だった松野幹孝さんです。2022年夏の撮影を前にその年の春、脳出血のため67歳で亡くなりました。

樋口 松野さんは証券マンだった12年にパーキンソン病と診断され、病気の実情が知られていないために苦しんだ体験を基に原案を作成しました。この病気のことを知ってもらい、孤立する人を救いたいという強い思いがあったと思います。僕が松野さんにお会いしたのは一度だけですが、穏やかな方でしたね。

 急逝されましたが、僕はこの病気の人が亡くなると、こう感じるんです。僕らはパーキンソン病という荷物を持って歩いているので、その荷物を下ろすことができたのは悲しいことじゃなくて喜ばしいこととも言えるって。僕は、死は命の終わりではなく、ただそのエピソードが終わるだけと思っています。

── 初めての撮影はどうでしたか。

樋口 約10日間、朝から晩まで撮影が続いて過酷でした。撮影前は覚えたセリフをただ言えばいいと考えていたので、実際に始まると焦りましたね。普段って、記憶したセリフをしゃべっているわけではないですから、どうしたら自然に言えるのだろうと……。出来上がった映画を見ると、おどおどしながら演技をしていますが、まあ、それも病気の雰囲気を出している感じもするし、監督もこれを狙っていたのかなと思うようにしています。

「いまダンスをするのは誰だ?」は、仕事一筋で家庭を顧みなかった主人公がある日、若年性パーキンソン病と診断され、出会った人たちやダンスを通じて自分の生き方を見つめ直す物語。松野さんの原案を基に古新さんが脚本・監督を担当し、クラウドファンディングを経て映画化を実現した。現在59歳のシンガー・ソングライター、樋口さんは09年、45歳でパーキンソン病と診断。年老いた親の子への心情を歌った15枚目のシングル「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」で日本レコード大賞優秀作品賞などを受賞した年だった。

── 撮影中、体調はどのように整えていましたか。

樋口 普段は熊本県に住んでいるので、薬を多めに持ってきて、配分とタイミングを自分で調節していました。パーキンソン病は薬の効果がある状態(オン)と効果が見られない状態(オフ)があるので、オフになる前に次の薬を飲まないと体が固まってしまうんです。でも、どうしても間に合わなかったシーンもあって、いくつかのシーンはオフ状態のままやっています。ものすごく猫背のまま歩いているシーンなどはそうです。

── 映画ではダンスも披露しましたね。

樋口 ダンスは小学生の時にフォークダンスで「オクラホマミキサー」を踊って以来。振り付けがあって、ずいぶん練習したんですよ。でも、短期間の練習でかっこよく踊れるようになったら不自然ですから、みっともなくても一生懸命なところを見てほしいですね。

「パソコンの打ちづらさ」から

── 調子はいつごろから悪かったのですか。

樋口 42歳の時、パソコンを右手だけ打ちづらくなったのが始まりでした。整体や整形外科、かみ合わせが悪いのかと歯医者にも行きましたが、良くなりませんでした。そのうち右足が前に出なくなったり、ギターが弾きにくくなったり、声が出づらくなったり……。病院などを14、15カ所めぐった結果、09年にようやくパーキンソン病と診断されました。

 原因が分からない間は不安だったので、正体を現してくれたという意味では良かったのです。ただ、パーキンソン病は難病で、だんだん進行していくこともネットで調べて知っていたので、このままいろいろなことができなくなっていくのかと絶望もしました。

 パーキンソン病とは大脳の下にある中脳の黒質ドーパミン神経細胞が減少して起こる進行性の病気。体のふるえや筋肉の固縮などの運動症状のほか、自律神経…

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