ユーラシア鉄路3万キロ踏破の“乗り鉄”が日中の過去と未来を考察 評者・田代秀敏
『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』
著者 吉岡桂子(ジャーナリスト)
岩波書店 2860円
「鉄道は、国家と個人、政治と経済、歴史と現在が交差し、越境しあう場所だ」とする著者は、中国や東南アジアにとどまらず、シルクロード沿線のウズベキスタン、サウジアラビアやイスラエルなど中東、ドイツやフランスなど欧州、そして、米国にロシアと、30年あまりで3万キロを旅した。何度も乗った路線も1回分だけ数えているので、実際に乗った距離は、はるかに長い。
飛行機と違って「鉄道は、そこに暮らす人々とともにある」。だから、「鉄道が敷設された近代以降の歴史を縦軸に、地理的な広がりを横軸にして考えれば、日本と中国、台湾、アジアとの関係が縦横無尽に浮かび上がる」。
第1部「海を渡る新幹線」は、中国が日欧の技術を吸収し、15年で4万キロを超える世界最長の高速鉄道網を構築し、輸出にも乗り出していくプロセスを描く。
新幹線を持つ日本の視点からの叙述は、橋本、小渕から安倍、菅そして現在の岸田の各政権における対中政策、対中世論の検証でもある。
「巨大市場をエサに、日欧をおびきよせ、巧みに競わせ、できるだけ安く最大限に技術を引き出そうとする」中国の技術外交を、日本は米台から半導体技術を導入するにあたって手本とするべきだろう。
第2部「大東亜縦貫鉄道と一帯一路」は、中国、台湾、ベトナム、ラオス、タイ、マレーシア、インドネシア、インド、ハンガリーの各地の鉄道や香港のトラムに実際に乗車した著者による、「一帯一路」沿線各地のルポルタージュである。
東南アジア各国もインドも高速鉄道建設で「かつて日欧を手玉にとった中国のように日中を両天秤(てんびん)にかけ」「米国と対立する中国の弱みを探しながら、自国の利益を最大限に引き出すすべを探っている」のを、具体的かつ詳細に描いていく。
列車に乗って「中国問題」を考える旅は、繰り返すうちに、日本を問う旅となり、「日本あるいは日本人は自画像を更新する必要がある」と憂国の念に著者は駆られる。
「列車に揺られながら、鉄路が平和の道として、人をつなぎ、モノを運ぶありがたさをかみしめた」著者は、今年9月からハンガリーへ行き、「ブダペストの大学を拠点にユーラシアにおける中国を『西方』から観察し、日本、アジアとの関係をじっくり考える」という。
本書は、空前絶後の「乗り鉄」ルポであると同時に、日中関係のこれまでを検証し、これからを構想するのに、最も有益な一書である。
(田代秀敏・infinityチーフエコノミスト)
よしおか・けいこ 1964年生まれ。山陽放送アナウンサーから朝日新聞記者に転じ、中国や日中関係を取材。中国に通算8年滞在。この9月からブダペスト・コルヴィヌス大学客員研究員。著書に『人民元の興亡 毛沢東、鄧小平、習近平が見た夢』など。
週刊エコノミスト2023年10月3日号掲載
『鉄道と愛国 中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』 評者・田代秀敏