検察による強権的捜査の舞台裏 著名弁護士が20種に分類して手口を解説 評者・黒木亮
『特捜検察の正体』
著者 弘中惇一郎(弁護士)
講談社現代新書 1100円
「疑わしきは被告人の利益に」は、日本の刑事裁判の大原則である。しかし、実務は逆のケースも少なくなく、冤罪(えんざい)事件が絶えない。
非特捜案件を含め、平成以降の有名な冤罪事件としては、被害者の胸にあった第三者の唾液を検察が証拠開示しておらず、ネパール人被告が再審無罪となった「東電OL殺人事件」、被告人がうその自白をさせられて3年の刑に服し、出所後に別件で逮捕された男が真犯人と判明した富山県の強姦・同未遂の「氷見事件」、検察官がフロッピーディスクのデータを改ざんし、検察官の誘導や保釈示唆によって元上司と部下が事実と異なる供述調書にサインさせられた、厚生労働省の元課長・村木厚子氏の事件などがある。
本書の著者は、村木氏をはじめ、薬害エイズ事件の安部英氏、陸山会事件の小沢一郎氏、あっせん収賄罪などに問われた鈴木宗男氏、元日産自動車会長のカルロス・ゴーン氏など、多くの特捜案件で弁護を務めた著名弁護士である。
本書では、特捜検察の手口が20に分類して紹介されている。すなわち、ストーリーを作って都合のいい証拠のみを集める、供述調書は検事が作文する、ストーリーに合わない不都合な証拠を隠蔽(いんぺい)・改ざん・破棄する、保釈や量刑をちらつかせて検察に有利な供述を引き出す、長期勾留で被疑者・被告人を心身ともに追い込む、意図的な情報リークで被疑者に「犯罪者」のイメージを植え付ける、といったことだ。これらは特捜検察に限らず、検察全般の手法である。
著者は、「大きな手柄を上げなければ」という検察の焦りが、強権的な捜査と暴走を引き起こしていると指摘する。彼らは、事件があるからではなく、事件を作るために捜査をし、被疑者や関係者から事実をねじ曲げた供述調書を取り、それを使って政治家、官僚、企業幹部といった、手柄になるターゲットを狙う。
怖い話である。自分のそばにいる人間が何か不正をやっていると、彼らのうその供述で、無関係の自分が、突然、被疑者として引っ張られるのだ。多忙のあまり郵便不正に加担した部下から検察がうその供述を取り、それによって有罪にされかけた村木厚子氏など、まさにこれだ。
本書は検察の手口だけでなく、参考人段階でも検察に呼ばれた時は弁護士に相談する、取り調べ中は日本弁護士連合会が提供している「被疑者ノート」を毎日つける、といった有益な示唆にも富んでいる。企業や組織で一定の地位にある人には必読である。
(黒木亮・作家)
ひろなか・じゅんいちろう 1945年生まれ。法律事務所ヒロナカ代表。ロス疑惑の三浦和義事件、薬害エイズ事件など、刑事訴訟史に残る数々の著名事件で無罪を勝ち取る。著書に『無罪請負人』など。
週刊エコノミスト2023年10月24日号掲載
『特捜検察の正体』 評者・黒木亮