“乗っかり”“乗っ取り”による中国の情報工作活動の実態を解説 評者・近藤伸二
『中国の情報侵略 世界化する監視社会体制』
著者 ジョシュア・カーランツィック(米外交問題評議会東南アジア担当上級研究員) 訳者 前田俊一
東洋経済新報社 4180円
米国務省が9月、中国の情報工作活動に関する報告書を公表した。報告書は、中国が海外でメディアや対話アプリなどを通じて都合のいい情報を発信し、世論操作をしていると警告する。国務省はこれを「宣言なき情報戦争」と呼んでいる。
このような中国の攻勢への対策は各国の安全保障にとって極めて重要なテーマとなっているが、これまではあまり表面化していなかった。その実態を赤裸々に描き出したのが本書である。
中国は海外の人々に自国の考え方を浸透させるため、「乗っかり(提携)」と「乗っ取り(買収)」の2種類のメディア戦略を進めている。
「乗っかり」は新華社通信など中国メディアが海外メディアとコンテンツシェアリング契約を結ぶケースが代表例だ。中国側が提供する記事や番組が、出所が明示されないまま、新聞に掲載されたり、テレビで放送されたりすることもあるという。
「乗っ取り」では、ロイター通信の調査によると、中国国際放送局(CRI)は米国を含む少なくとも33のテレビ局や新聞社を買収し、現地の言葉で親中コンテンツを流していることが判明している。著者は「視聴者は、テレビ局がCRIの投資先であることを知らずに、コンテンツを視聴している」と指摘する。
台湾では、総合食品メーカーの旺旺グループによる大手紙『中国時報』の買収が知られている。同グループは利益のほとんどを中国で上げている親中派企業である。カンボジアでは、中国政府がクメール語のテレビ局2局を支援しており、うち1局のフレッシュ・ニュースは「中国国営メディアと酷似し、カンボジアのニュース報道に大きな影響力を持っている」のが実情だ。
工作はSNS(交流サイト)にも及ぶ。中国発の対話アプリ「WeChat(ウィーチャット)」や動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」は、世界でも多数ダウンロードされているが、著者は「WeChatやその他の中国ソーシャルメディア・プラットフォームは中国政府と情報の共有が簡単にできる」として、当局に利用されているとの見方を示す。
こうした中国の情報工作は巧妙になってきてはいるものの、著者は「これまでのところ、中国の情報・影響戦術はうまくいっていない」と分析する。ただし、「中国は過去の失敗から学び、次の10年間でソフトパワーとシャープパワーの工作に磨きをかけるチャンスが高い」と予測しており、日本も危機管理を強化する必要があることを痛感させられる。
(近藤伸二・ジャーナリスト)
Joshua Kurlantzick カーネギー国際平和基金の客員研究員として、東南アジアの政治、経済、投資、援助などをめぐる中国と東南アジアの関係について研究するほか、中国の国家資本主義をめぐる著作多数。
週刊エコノミスト2023年10月31日号掲載
『中国の情報侵略 世界化する監視社会体制』 評者・近藤伸二