教養・歴史書評

IT化など経済の新潮流を「無形資産」と捉えて分析し活用案を提示 評者・井堀利宏

『無形資産経済 見えてきた5つの壁』

著者 ジョナサン・ハスケル(インペリアル・カレッジ・ビジネススクール経済学教授) スティアン・ウェストレイク(王立統計協会最高責任者) 訳者 山形浩生

東洋経済新報社 3080円

 本書は、ソフト化、IT化、都市化、グローバル化などとも表現される経済の新潮流を「無形資産」という概念で包括的に議論する。先進国経済は物質的な有形資産経済からアイデア、知識、関係に基づく無形資産経済へ転換している。従来、この無形資産経済は成長を促進する源泉だったが、21世紀に入って先進国経済のパフォーマンスは総じてあまり良くない。

 先進国経済は、停滞(生産性上昇の低さ)、格差(資産や所得という経済的格差と尊厳の格差)、競争不全(不健全でゆがんだ競争)、脆弱(ぜいじゃく)性(パンデミックのリスク顕在化や中央銀行の能力低下)、正当性欠如(あるべきやる気や正当性の欠如)という五つの壁に直面している。これら五つの壁が共存し、深刻化している背景には、無形資産経済が持つ特徴がある。

 無形資産は波及効果が大きく、相乗効果も大きいが、その価値は大きく変動し、異質性も大きい。21世紀に入って現存する制度と無形資産経済が調和しにくくなり、無形投資の伸び率が鈍化し、その負の側面=制度的負債がはっきりしてきた。著者は、無担保での融資が難しいなど、質的に優れた無形資産の発展を阻害する壁を、豊富な事例で紹介している。

 無形資産経済では、単に量的な拡大で経済を成長させるのではなく、質的な深化が重要になるだけに、それを公的に支える制度には複雑で高度な能力が要求される。本書は公的資金と知的財産の改革、財務と金融政策の改革、都市機能の改善、競争政策の見直しという四つの領域で無形資産経済の解決策を提案する。なかでも、強い規模の経済が働く無形集約企業の世界では、少数の大企業が市場支配力を持つようになるが、これに伝統的な反トラスト政策で対処するよりも、新しい革新的な企業が参入できる公平な機会の確保が重要だという指摘は、興味深い。

 政府や制度を支える組織の能力と制度をうまく変革するためには、政治的な能力も必要であり、それが可能であれば、無形資産経済を公正な成長と持続的な繁栄に戻すことができると主張する。

 本書は歴史的な視点も踏まえつつ、膨大な参考文献に基づいた経済学の知見も参照しており、学術的な水準は高い。わが国のように天然資源が乏しく、人口も減少している国では、賢い政治的な能力で制度改革を実施し、無形資産経済をうまく活用することが求められる。本書での解決策の理念は大変参考になる。

(井堀利宏・政策研究大学院大学名誉教授)


 Jonathan Haskel イングランド銀行金融政策委員会委員。共著書に『無形資産が経済を支配する』。

 Stian Westlake 上記のハスケルとの共著者。2017年インディゴ賞をハスケルと共同受賞した。


週刊エコノミスト2023年11月7日号掲載

『無形資産経済 見えてきた5つの壁』 評者・井堀利宏

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