教養・歴史書評

ウクライナ在住著者が伝える庶民の生々しい声の数々 評者・平山賢一

『ウクライナ・ダイアリー 不屈の民の記録』

著者 古川英治(ジャーナリスト)

KADOKAWA 1760円

 ロシアによるウクライナ侵攻が長期化するにつれ、欧米だけでなく中国やインドを含む大国間のパワー・ポリティクスをめぐる報道に接する機会が多くなっている。だが、多くの人々の関心の的は、国際関係もさることながら、長期化する戦争の中で生活する人々のリアルな実態を知ることであろう。本書は、ウクライナに生活するジャーナリストが庶民の生の声を記したダイアリーであり、このニーズに的確に応える作品に仕上がっている。

 ロシアが迫るキーウの部屋で不安に苛(さいな)まれながらの取材の数々は、臨場感をもってウクライナの人々の様子を伝えてくれる。これまで、あまりイメージできなかった戦時下の人々の生活が、副題の「不屈の民の記録」という言葉を鍵に次々に明らかにされていくのである。

 筆者による単独インタビューで、ウクライナ外相ドミトロ・クレバ氏は、「これはロシアという国家とウクライナの民との闘いだ……国を守るためにどこまで闘い抜くことができるか」と発言している。「国家vs国家」の戦いではなく、「指導者vs指導者」という構図でもなく、「国家vs民衆」という枠組みを通して、ウクライナ侵攻を見ていったときにこそ、この戦争の本質を理解する手掛かりになるのかもしれない。

 とかく戦争報道では、指導者のリーダーシップに焦点が集まるものだが、むしろ、それを支えているロシアという国家の風土と、ウクライナ民衆の自由を求める息吹とが、対峙(たいじ)していると捉えるべきなのだろう。著者は、前者の風土についてソ連時代の幻想を追う「帝国シンドローム」と、ロシア社会に蔓延(まんえん)する冷笑主義を挙げ、後者の自由なコサックの伝統と対比させている。このような単純な図式ですべてを理解できるとは限らないが、ウクライナの民衆の現状を把握する助けになるだろう。

 ところで、歴史家ファーガソンとの会話で飛び出てきた「欧米社会はウクライナ人の抵抗を見て、自由や人権、独立のために戦った自らの歴史を思い起こしたのだ」との言葉は、将来の展望に対して大きな意味を持っている。対立の構図は、2国間だけでなく欧米社会を巻き込み、やがて世界の二極化をも類推させるからである。本書を通して描かれる一人一人の生の声は、全世界に広がる国家と民衆の相克を予感させ、現実主義に基づくおざなりの停戦を模索する声をかき消すかもしれない。その観点から読者は、長期戦を覚悟しなければいけないという「重い現実」を再認識するであろう。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)


 ふるかわ・えいじ 1967年生まれ。日本経済新聞社に入社、モスクワ特派員、国際部編集委員などを経て退社、フリーに。2021年12月よりキーウ在住。著書に『破壊戦 新冷戦時代の秘密工作』。


週刊エコノミスト2023年11月7日号掲載

『ウクライナ・ダイアリー 不屈の民の記録』 評者・平山賢一

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