職人の賃金に見る数量経済史 貨幣との表裏一体性にも注目 評者・平山賢一
『賃金の日本史 仕事と暮らしの一五〇〇年』
著者 高島正憲(関西学院大学准教授)
吉川弘文館 2200円
古代から近代に至る賃金の歴史を、職人の暮らしに関連付けて詳述した数量経済史の意欲作である。2022年以降、「賃上げ」や「ベースアップ」といった言葉が注目されるようになり、雇用者報酬についての関心も高まっているだけに、本書は、時宜を得た内容といえよう。時代劇などで垣間見る職人の生活は、多くの人々にとって、漠然としたイメージしか描けないため、経済的指標を用いて一気通貫に歴史を整理できるのはありがたい。経営者にとっては、今後の人件費を考えるヒントに、従業員・労働者にとっては、自らの報酬の位置取りを把握するのに役立つだろう。
賃金の流れを把握するためには、貨幣の歴史とも結びつける必要がある。貨幣は多様であり、時代ごとの社会状況により変化してきたからである。一般に銭(ぜに)などが使用された時代と、その使用が禁じられた時代があるため、賃金の支払いも銭のみが使用されたとは限らない。米などの物品(賄い)による支払いや、銭に加え、食事が提供されるなど、賃金も多様であったことが示されている。
賃金と貨幣は表裏一体の関係にあり、人々の生活に直結しているのは現在も同じである。本書では、奈良時代の下級役人・写経生が、凶作・飢饉(ききん)や戦乱による急激なインフレーションを理由に、「生活が厳しくなったために借金に頼らざるをえなかった」事例が紹介されている。現代を生きるわれわれも、名目上の賃金がそれほど上昇しないにもかかわらず、生活物資の価格が大幅に上昇する時代を生きている。生活の余裕度低下は、人ごとではない。いわゆる実質賃金の問題であり、貨幣価値の下落による人々の生活苦は、今も昔も変わらない点を再確認できる。
ところで本書では、実質賃金を一般物価の代表である米で換算した「米賃金」を基準にして、長期の趨勢(すうせい)を明らかにしている。それによると、寺社建築の最盛期や復興需要期を別にすると、「熟練であっても最盛期と比較して大工の地位は相対的には低下していったものと考えられる」とのこと。その理由として著者は、構造的な雇用者の位置づけの低下に着目する。特定職人集団として、雇用機会を独占していた大工も、時代の変遷とともに、「自由競争の賃労働者」へと地位が変質していった可能性があるとの指摘だ。現代を生きるわれわれにとっては、「人的資本経営」の台頭が、長期的にはたらく人々の位置づけを引き上げるか否かに注目したいところである。
(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)
たかしま・まさのり 1974年生まれ。立命館大学文学部史学科卒業後、日本銀行金融研究所アーキビスト、一橋大学経済研究所研究員などを経て現職。著書に『経済成長の日本史』など。
週刊エコノミスト2023年11月21・28日合併号掲載
『賃金の日本史 仕事と暮らしの一五〇〇年』 評者・平山賢一