週刊エコノミスト Online書評

プアホワイト出身のホワイトハウス実習生がトランプ政権最末期を暴露して大ヒット 冷泉彰彦

 トランプ政権の発足当初は政権内部の「暴露本」がブームになっていたが、その後は沈静化した。だが、2023年9月になって、改めてトランプ政権末期の内情に関する暴露本が出版されて大ヒットになっている。タイトルは『Enough(「もう沢山」)』。著者は、キャシディ・ハッチンソンという27歳の女性で、2020年の暮れから21年の1月にかけて、ドナルド・トランプ政権の実習生としてホワイトハウス内部に勤務していた。トランプが大統領選の敗北を認めない中で、1月6日に発生した議事堂暴動に対する政権内部の動きに関する貴重な証言となっている。

 議事堂前で「バイデン当選の承認手続き」に反対する演説を行った後、一旦はホワイトハウスに引き揚げていたトランプは、ハッチンソンによれば再び「どうしても議事堂へ行く」と言って周囲の反対する中を自動車のハンドルに手をかけようとしたという。また、トランプは、議会上院で「バイデン当選」の認証を進めようとしていた当時のペンス副大統領を「つるせ(絞首刑にせよという意味)」という暴徒の唱和に同調していたといった内容は、著者自身、議会で宣誓証言した内容だが、改めて読者にはショックを与えている。その際に怒ったトランプが皿をひっくり返したので、自分は床に流れたケチャップを拭き取るのを手伝ったという描写なども話題になっている。

 本書の中で、特に読者の評価の高いのは、ハッチンソンの経歴である。ニュージャージー州の北西部、経済衰退の激しい丘陵地帯の貧しい白人家庭で育った彼女は、一家そろって「人生は一発逆転は可能だ」というトランプの経営者養成リアリティー・ショーのファンであったという。その後、大学で政治学を学んで共和党系のインターンとしてトランプ政権に入った彼女は、その内情があまりに腐敗していることに驚くとともに、保守政治家であるリズ・チェイニー前下院議員が勇気を持ってトランプの「犯罪」に挑戦する姿に心を動かされたとしている。

 いわば、草の根の保守からのトランプ告発の書というわけで、アメリカの読書家の「琴線に触れた」ようだ。若さに似合わぬ冷静な語り口も評判となり、ハッチンソンはTVの政治コメンテーターとしても成功しつつある。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2023年11月21・28日合併号掲載

海外出版事情 アメリカ トランプ実習生の内部告発=冷泉彰彦

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