経済・企業 SDGs最前線

⑪FIXER、生成AIで地方自治体の業務効率を改善――デジタル庁と提携し、国会答弁の文書作成も

FIXERの松岡清一社長
FIXERの松岡清一社長

 国連が2015年に採択した、17の目標から成るSDGs(持続可能な開発目標)。世界の企業の間で、社会課題を解決し、持続可能な社会を目指すSDGsを成長戦略の柱として取り込む動きが広まっている。本連載では日本でSDGsを実践し、実際にビジネスに活かしている企業を取り上げていく。

 第11回目は、生成AI(人工知能)関連サービスなどを手掛けるFIXER(東証グロース市場)を取り上げる。同社は独自に開発した生成AI「GAIXer(ガイザー)」を活用して地方自治体や企業の業務を効率化し、人手不足の解消や従業員の労働時間の削減につなげようとしている。今年12月からはデジタル庁と協力し、ガイザーを答弁書などの文書作成や校正などに利用できないかの実験を始めた。同社の松岡清一社長は「ガイザーを活用して無駄な労働時間を削減し、人材不足の課題を解決したい」と話す。

【FIXERが実践する主なSDGsの目標】・目標4(質の高い教育をみんなに)・目標8(働きがいも経済成長も)・目標9(産業と技術革新の基盤をつくろう)

ガイザーを活用した桑名市役所の業務改革

「外国人の市民にわかりやすい案内文をつくれないか」「市民の申請書を確認・突合できないか」。三重県桑名市役所4階のミーティングルーム。市長直轄の「スマートシティ推進課」のメンバー9人とFIXERの担当者が毎月、オンラインでガイザーを活用した業務の効率化や改善を話し合っている。2023年7月から両者が始めた生成AIの実証実験の一環だ。

 一口に「役所の市民向け案内」といっても、内容は多岐にわたり、年齢に応じてわかりやすい表現も違ってくる。ガイザーを使えば、子供やお年寄りなどその人に合わせて、わかりやすい言葉で案内できるようになる。ガイザーは80カ国語以上の言語に対応しており、外国人がわかりやすい日本語を分析して案内文に反映することもできる。

GaiXer(ガイザー)は自治体や金融機関などで使われている
GaiXer(ガイザー)は自治体や金融機関などで使われている

 市民から寄せられる膨大な数の申請書への対応も合理化できる作業の一つだ。従来は様々な紙の申請書を市役所の職員らが自分の目で確認・突合して数日かけてチェックしていた。しかし、ガイザーで情報を読み込めば、数秒でチェックが完了する。

 イベントの企画の原案を作る場合も、複数の情報が入った指示文を打ち込めば、数秒から数十秒で出来上がる。スマートシティ推進課の中西伸也課長は「実現すれば、チェック作業など定型業務にかかっていた時間を数百分の1~千分の1程度に短縮できる。困りごとの相談への対応など、市民に寄り添ったサービスに多くの時間が割けるようになる」と期待する。

閉鎖された環境でデータを扱い情報漏洩を防ぐ

 FIXERが今年10月に実施した企業の経営者・管理職へのアンケート調査によると、「生成AIを業務に利用している」との回答は21.9%に達した。文章作成のほか、企画書や稟議書の作成などに使われており、「生成AIにより業務が効率化した」との回答は81.2%にのぼった。企業が新技術を利用し、生産性を向上させる試みは徐々に広がっている。

 業務の効率化につながるという期待が高まる一方で、従来の生成AIには機密情報の漏洩などリスクへの警戒感も根強い。このため、FIXERの「ガイザー」では、米マイクロソフトの「Azure OpenAI Service」を利用し、ユーザーの閉鎖された専用環境内でデータを扱うことで情報流出を防いでいる。今年4月のサービス開始以来、情報が外部に漏れた例はないという。

FIXERの東京本社オフィス
FIXERの東京本社オフィス

 従来の生成AIで的確な回答を得るには、詳細なプロンプト(指示文)を書く技術が必要だった。このため、FIXERはクライアントごとに、必要なプロンプトのテンプレート(ひな形)を多く用意し、高度な知識がなくても適切な文章作成ができるようにしている。サービス開始後は毎月、数十件もの企業や自治体などからの問い合わせがあるといい、すでに自治体や金融機関など10団体と契約した。同社は銀行や自治体などの5%程度のシェアを目指すという。

IT人材の専門職レベルの仕事も可能に

「生成AIは新たな『産業革命』を起こす可能性がある。どんな職場でも働き方を改革できる」。FIXERの松岡社長は力を込める。コンピューターやインターネットの発達は、18世紀後半から起こった第一次産業革命、19世紀から起こった第二次産業革命などに続く革命と言われてきた。しかし、人間が指示を出せば、文章や画像、果てはプログラミングまであらゆる仕事ができ、業務を大幅に効率化できる生成AIは、単なるネットの世界を超えた「新たな革命」になりうるというわけだ。

 経済産業省は2030年に最大で79万人ものIT人材が国内で不足すると試算している。一方で三菱総合研究所によれば、30年までにデジタル技術の進化で自動化・無人化が進み、120万人の事務職が過剰になるという。松岡社長は「非IT人材の事務職の方々が生成AIを通じてIT人材に生まれ変われば、雇用のミスマッチの大部分が解消できる」と話す。

 実際、FIXERが提供するガイザーでは、日本商工会議所が主催するパソコン検定の3級レベルはもちろん、専門職レベル(時給単価5000円)とされる2級の仕事もできるようになりつつある。近い将来に高度専門人材である1級レベルの仕事の一部もできるようになるという。

生成AIの使いこなしに必要な文系人間の文章力

 新技術を使いこなすのは従来、理系の専門人材だと考えられてきたが、生成AIの指示文を作るのには、むしろ文章力が重要になる。松岡社長は「これからは文系の人間こそがAIを使いこなす人材となる」と強調する。実際、これまでほとんどが理系採用だったFIXERは、今年度から文系の学生の採用にも力を入れている。

 SDGsでは「質の高い教育をみんなに」、「働きがいも経済成長も」などの目標を掲げている。生成AIの活躍の場は、12月から実証実験を始めた中央省庁や自治体はもちろん、企業、金融機関、病院、会計事務所、教育現場などさまざまだ。それを使いこなす人材も理系、文系を問わない。「天然資源は乏しいが、人材資源は豊富だ」と言われてきた日本だが、IT分野では世界に後れを取った。生成AIが日本の人材、ひいては経済を復活させる「魔法のつえ」となるのか。その行方の一端は、FIXERをはじめとした生成AIの関連各社が握っている。

(編集協力 P&Rコンサルティング)

【筆者プロフィール】

SACCOの加藤俊社長
SACCOの加藤俊社長

加藤俊

かとう・しゅん(株式会社SACCO社長)

 企業のSDGsに関する活動やサステナブル(持続可能)な取り組みを紹介するメディア「coki」を展開。2015年より運営会社株式会社Saccoを運営しながら、一般社団法人100年経営研究機構 『百年経営』編集長、社会的養護支援の一般社団法人SHOEHORN 理事を兼務。cokiは「社会の公器」を意味し、対象企業だけでなく、地域社会や取引先などステークホルダー(利害関係者)へのインタビューを通じ、優良企業を発掘、紹介を目指している。

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