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教養・歴史 ロングインタビュー情熱人

終戦直後の闇市を描いた映画「ほかげ」公開中――塚本晋也さん

「あと1本、脳天にパンチを食らわせるような作品を作りたい」 撮影=中村琢磨
「あと1本、脳天にパンチを食らわせるような作品を作りたい」 撮影=中村琢磨

映画監督 塚本晋也/99

 映画「野火」では、第二次世界大戦を舞台に戦場のむごさを、「斬、」では、江戸末期の武士を通して人をあやめることの恐ろしさを描いた。現在公開中の「ほかげ」は、この2作品の流れをくむ、鎮魂の映画だ。(聞き手=りんたいこ・ライター)

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── 現在公開中の「ほかげ」は、戦後の日本の闇市が舞台です。なぜ闇市を描こうと?

塚本 闇市には昔から興味がありました。闇市の時代には、みんなが終戦を喜んで万歳と言っている、エネルギーに満ちた、明るいイメージがありました。ですが、調べていくと心の中で問題を抱え、戦争がまだ終わっていない人がたくさんいると気付きました。そういう人たちの思いを描かないと、今、自分が立っているところにつなげていくことができないと思ったのです。

── 塚本監督は1960年、東京・渋谷の生まれです。すでに闇市はなかったですよね。

塚本 実際に見たことはありませんが、渋谷駅のすぐ近く、今、(複合商業施設の)渋谷マークシティが建っているところは、少し前までは暗いガード下だったんです。子どものころ、そこに行くと、傷痍(しょうい)軍人さんがアコーディオンを弾いていたり、その隣では、どこかから拾ってきたんじゃないかというぐらい、統一感のないおもちゃを敷物の上に並べて売る人がいたりして、それを見るのが楽しかった。それが闇市の名残と気付くのはもっと後になってからですが、きっとあそこが僕の闇市の原体験的な場所だったのでしょう。

 映画「ほかげ」は、戦後の闇市を舞台に、体を売ることをあっせんされながら半焼けの小さな居酒屋で暮らす女と、居酒屋に盗みに入った戦争孤児(塚尾桜雅さん)らの姿を通して、戦争の残酷さを浮き彫りにしていく。女を演じるのは現在放送中のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」に出演中の趣里さんだ。 今回初顔合わせとなる趣里さんに対して塚本監督は、「体全体が鋭敏なアンテナで、周りの空気を非常にデリケートに察知し、それを膨らませて大きなエネルギーで外に出すイメージ」を持っていたと言い、実際、撮影中の趣里さんは、「入魂で挑んでこられて、何回撮っても素晴らしい演技で編集が楽でした」とたたえた。

「人間の暗部」にうんざり

── 本作は、塚本監督が率いる映画製作会社「海獣シアター」の作品ですが、製作過程で一番苦労したことは何ですか。

塚本 いつものようにお金があまりないので、小さいとはいえ闇市の世界観を感じさせるセット作りが一番大変でした。半面、一番やり応えのあるところでもありました。

── お金の面での苦労は?

塚本 確かに資金面ではちょっと困って、クラウドファンディングを利用しようと申請直前までいきました。ただ、本当にぎりぎりの人数でやっているので、その事務作業に割く余力さえもなかったのと、自分の思いで動き出した企画なので自分で工面したほうがいいだろうと考え、危なくないところから借りて工面しました。文化庁の助成金を申請することも考えましたが、小さい金額を出してもらうための手間があまりに大変なのであきらめました。

── ここ数年、第二次世界大戦のフィリピン戦線を通して戦場の恐ろしさを描いた「野火」(2014年)、今の時代と江戸時代の終わりに類似性を感じて作った「斬、」(18年)、そして本作と、戦争と向き合う作品が続いています。塚本監督が映画のテーマに戦争を意識し始めたのはいつごろなのでしょう。

塚本 最初は高校生の時です。実際、戦争をテーマに8ミリ映画を1本撮りました。当時は漫画『はだしのゲン』や、大岡昇平さんの小説『野火』を読んでいたので、戦争自体への嫌悪感はありましたが、『野火』をいつか映画化したいという思いはずっとありました。

── 嫌悪感を持ったのに、ですか?

塚本 『野火』という小説があまりにも素晴らしかったからです。本当の戦場はもちろん体験したくありませんが、それを映画にすることで戦場を実感したかったのかもしれません。自分が嫌なところに飛び込んで実感して、それを見たお客さんもその嫌悪感を体験すれば、戦争に近づきたくなくなるのではないかと思いました。自分自身が50歳になると、日本も戦争に近づいているのではないかという危機感が高まり、製作に踏み出しました。

 僕は今、63歳になりましたが、50歳以降は戦争が一番大事なテーマにならざるを得ませんでした。ただ、いつまでも戦争をテーマに映画を作りたいわけではなくて、あと1本、脳天にパンチを食らわせるような作品を作ったら本当にやめたい。その作品のことを考えて本を調べていると、人間の暗部ばかりが分かってきてうんざりしてくるんです。

── それでもなぜ、撮ろうと?

塚本 やはり、その暗部にみんなが近づいていることへの危機感です。この年齢になって、その映画に対して使命感みたいなものを持ってしまっています。若いころは、自分のことしか考えていませんので、作るテーマも「自分と都市」とか「個人と都市との関係」でしたが、この年代になると次の世代のことをどうしても考えてしまうのです…

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週刊エコノミスト

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