教養・歴史書評

投資家必読のダリオ三部作の頂点 中国にも焦点を当てて世界情勢を分析 評者・平山賢一

『THE CHANGING WORLD ORDER 世界秩序の変化に対処するための原則』

著者 レイ・ダリオ(ブリッジウォーター・アソシエイツCIO〈最高投資責任者〉顧問) 訳者 斎藤聖美

日経BP 4400円

 満を持しての出版となった本書は、投資家必読のダリオ三部作の一つ。中でも、前々作『PRINCIPLES』では「アイデア本位主義」を語り、前作『BIG DEBT CRISES』では、債務負担を軽減するプロセスである「デレバレッジ」のパターンを検証したが、著者の真骨頂は、今回の本にあるといえよう。今後の世界政治経済のビッグ・サイクルをイメージする上で、避けては通れない視点で満たされているからである。年末・年始に、混乱する世の中について、頭の整理をするにはうってつけの書籍である。特に、多色刷りの図表は、大いに読者のインスピレーションを刺激してくるのではないか。

 著者は、「このサイクルは振り子のように両極を行ったり来たりする。平和と戦争、好況と不況、権力を握る政治左派と政治右派、帝国の融合と分裂など」と記す。あまたのデータを検証し、歴史の事例を積み上げてのパターン認識だけに、説得力がある。評者は、従前より政治経済は、数十年単位で協調・自由と対立・規制の間を行き来するという「振り子史観」を提唱してきただけに、わが意を得た感を強くしている。

 本書の特徴は、オランダ、英国、米国だけでなく中国に焦点を当て、これら大国の歴史を分かりやすく振り返る点にある。米中関係が感情的になっている昨今、あえて中国が米国に代わる主要大国になる可能性の一端を示すのは勇気のいることだ。この思い切った主張は、西暦600年以降の中国を詳(つまび)らかに分析してきた自負だけでなく、これまで著者が培ってきた中国ネットワークを通した対話の数々に裏付けられている。確かに、客観的に歴史の趨勢(すうせい)を確認するならば、あらゆる点で拡大しつつある主要大国として中国の位置づけをゆがめるわけにはいかない。

 ところで、サイクルが衰退期に差し掛かっても、国際的な準備通貨としてのギルダーや英ポンドが、その地位を失うのに時間を要したとの指摘は、米ドルの将来を予感させる。確かに現在の米ドルの位置付けは、揺るがないだろう。しかし、決済や通貨の主役が退位する時期は、すべてに遅れて到来するとの示唆が正しければ、安心ばかりはしていられないはず。これは、今後の国際社会のメインテーマは、米ドルを主軸としてきた国際通貨システムの行方に他ならないと読み替えてもよい。予断は許さないが、投資家にとっても、最大のリスクが、米ドルをはじめとした「貨幣価値」にあることを、改めて認識させてくれる一書である。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメントチーフストラテジスト)


 Ray Dalio 26歳でブリッジウォーター・アソシエイツを創業し、世界最大のヘッジファンドに成長させた。『PRINCIPLES』がベストセラーとなり、米『タイム』誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出されている。


週刊エコノミスト2024年1月9日・16日合併号掲載

『THE CHANGING WORLD ORDER 世界秩序の変化に対処するための原則』 評者・平山賢一

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