教養・歴史書評

経済学は論争と検証の歴史 現代に“役立つ”成果を紹介 評者・原田泰

『本当に役立つ経済学全史』

著者 柿埜真吾(経済学者、思想史家)

ビジネス社 1870円

 本書は、経済学の歴史を、論争と検証の積み重ねと捉えている。

 重商主義は、どこかの国が繁栄したら、他の国はその犠牲になったと考えた。そこから関税の強化や輸出可能な特定産業への保護を求めることになる。しかし、重商主義政策のフランスより、自由に経済が活動できるオランダやイギリスのほうが豊かだった。貿易を含めた商取引は、双方が得する活動であり、政府は経済を民間の自由に任せるべきだというのが重商主義に反対した重農主義の考え方であり、「自由放任」という言葉は、重農主義から始まった。

 重農主義から古典派が生まれる。古典派の神髄は、重農主義と同じで、自由な交換のメカニズムによってすべての人が利益を得るということである。ただアダム・スミスは、特定の国がすべての貿易財で競争に勝ってしまったらどうなるのか、水は価値あるものなのになぜ水の価格はダイヤモンドより安いのかという問いにうまく答えることができなかった。前者の問いにはリカードの比較優位の理論が、後者にはジェボンズ、メンガー、ワルラスの限界革命が答えた。そして、限界革命後の経済学を総称して新古典派と呼んだ。

 現実との戦いから生まれた新古典派は、自由放任の教条主義ではなく、自由の限界も、所得分配の重要性も理解していた。

 ところが、1930年代の大恐慌に対しては、新古典派も、オーストリア学派も、処方箋がなかった。ここからケインズ経済学の興隆が始まる。ケインズ経済学とは、公共事業によって不況から脱却しようという考えだと単純化され、誤解されているが、必ずしもそうではない。現在の理解では、大恐慌は金融政策の失敗によると示されており、当時でも、フィッシャーはじめ大恐慌時に金融緩和を唱えた経済学者は数多くいた。実はケインズもそうだった。

 第二次大戦後の経済学はケインズから始まるが、財政政策で経済をうまくコントロールできず、インフレを引き起こした。そこから自由市場と、さらにはフリードマンが経済学の伝統から見いだした安定的金融政策の機能を生かせという主張が評価されるようになってくる。

 以上の流れを通して、本書は現代の経済学のコンセンサスは自由市場と、貨幣の安定の重要性を認識し、同時に市場の失敗への対応や所得再分配にも配慮するものと結論付けている。書名にふさわしく、多くの経済学と経済政策、経済の現実にも触れて、「本当に役立つ経済学」とは何かという答えを導き出している。

(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)


 かきの・しんご 1987年生まれ。学習院大学大学院経済学研究科修士課程修了。現在、高崎経済大学非常勤講師。著書に『自由と成長の経済学』『ミルトン・フリードマンの日本経済論』など。


週刊エコノミスト2024年1月9日・16日合併号掲載

『本当に役立つ経済学全史』 評者・原田泰

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