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池上彰×荻原博子 激変する世界「私たちはどう生きるか」 ニュースと経済のプロが徹底討論

池上彰の世界情勢2024
池上彰の世界情勢2024

『池上彰の世界情勢2024』刊行記念

 ドナルド・トランプ氏が米大統領に復活することが現実味を帯びてきて、世界中が戦々恐々だ。国内では裏金事件の捜査が終結したが、派閥解散をめぐりドロ沼内紛が始まりそうだ。激変する国際関係と混乱の中で、私たちはどう生きればいいのか。池上彰氏の新刊刊行を記念し、経済ジャーナリストの荻原博子氏に対談してもらった。

――まずは1月13日に行われた台湾の総統選から。民進党の頼清徳氏が中国の圧力を排して総統に選ばれました。

池上彰 与党の民進党は8年間の長期政権でしたから汚職や不正の問題も出てきていて、国民の間には不満がたまっていました。しかし、野党の国民党を選ぶと中国にのみ込まれてしまうリスクもある。それは嫌だ、困るということで「現状維持」路線の継承が選択されたのだと思います。

 ただ、同時に行われた議会・立法院の選挙では民進党が過半数を獲得できませんでした。台湾の人には、長期政権に対して警戒感を示すバランス感覚があるのだなと感じました。どこかの国は裏金問題があっても何も動きそうにないですが(笑)。

荻原博子 ほんとそうですよね。すべてウヤムヤにされて何が起きても政権交代しない(笑)。

池上 与党に不満があったら交代させられる野党がある、選択肢があるっていうのも大事だし、ある意味うらやましいと思いました。あと、あまりニュースになっていないのですが、今回、立法院で当選者の41%が女性だったんですよ! 日本も見習うべきです。

荻原 コロナ封じ込めで名を馳(は)せた台湾のデジタル担当閣僚のオードリー・タンさんも世界中の注目を集めましたね。シビックハッカー(市民技術者)から寄せられる情報から、マスクマップアプリをまたたく間に完成させた。日本なんてCOCOA(ココア)*1やHER―SYS(ハーシス)*2などさまざまなシステムを導入しましたが、ことごとく失敗。お金をドブに捨てたようなものです。

――2024年は「選挙イヤー」ですが、最も注目されるのは11月米大統領選です。

荻原 トランプ氏が大統領に返り咲いたら、世界は激変しますよね。

池上 「もしトラ」(もしトランプが大統領になった場合のリスク)に世界中が身構えている状態です。移民対策の強化で入国を厳格化し、米国への輸入製品すべてに原則10%の関税をかける構えです。それから、地球温暖化防止のための国際的な約束「パリ協定」からも再び離脱するでしょう。「温暖化はウソ。石油をどんどん燃やせばいい、石炭を掘って掘って掘りまくれ」がトランプ氏の主張ですから。

荻原 関税をかけられると、日本も大打撃ですよね。

池上 安全保障でいうと、在韓米軍だけじゃなく世界中に展開している駐留米軍を引き揚げるかもしれない。

荻原 ウクライナはどうなっちゃうんだろう。

池上 トランプ氏は「自分が大統領になったら、ウクライナの戦争は1日で終わらせる」と言っています。つまり、ウクライナの支援をやめて、ゼレンスキー氏に降伏しろって、圧力かけるでしょうね。

――「もしトラ」が「もし」でなくなる可能性は。

池上 高いですね。今日(1月15日)、中西部アイオワ州の共和党員集会が開かれるのですが、トランプ氏が圧勝しそうです(注)。女性候補のヘイリー元国連大使(52)が存在感を増してきていて、南部フロリダ州のデサンティス知事(45)に迫る勢いです。ヘイリー氏はサウスカロライナ州の前知事で、共和党の候補者の中では、一番バランスが取れている人です。

荻原 でも、アメリカの人ってどうしてトランプ氏のような「偏見の塊」みたいな人を選ぶんでしょう。トップには、もっとバランス感覚のある人が欲しいと思わないのかな。

池上 トランプ氏は、これまで政治や選挙に関心のなかった白人の低所得者層の労働者らの心を摑(つか)んだのです。トランプ氏が掲げる「アメリカが最も大事であり、他の国のことなどどうでもよい」という政策、そして過激だけどわかりやすいモノ言いに、それまで選挙に無関心だった白人低所得者層が熱狂したのです。一方の民主党は、白人の労働者からみると偉そうで、上から目線に映るんですよ。トランプ氏は、自分たちによくわかる言葉を使ってくれる。それで支持を集めているのです。

――その他ロシア、インドなども選挙がありますが注目している国はどこですか。

荻原 日本です。日本の選挙(笑)。あるかもしれない。岸田内閣支持率は、年明け最初の世論調査結果はちょっと上がりましたが、派閥解体のゴタゴタでまた下がりました。

池上 それにしても自民党の派閥パーティーをめぐる裏金事件で東京地検は国民に期待を持たせすぎましたね。安倍派の議員らが次々と逮捕されるのだろうと思っていたのに不起訴とする方針だと報じられている(政治資金パーティーをめぐる事件の捜査は、会計責任者らの訴追にとどまり、幹部議員の立件には至らないまま1月19日に実質終結)。

 SNSでは納得できないとする声があふれ、それまで「#検察がんばれ」だったのが「#検察仕事しろ」がトレンド入りしました。

池上彰
池上彰

株で大損するのは普通の人たち

――政治刷新本部もひどいですね。

荻原 泥棒に縄をなわせるみたいなもんですよ。ここ数年の実質の所得減や物価高で、どれだけの人が苦しんでいるか。それなのに裏金を作り、無駄な利権新規事業ばかり。

池上 年が明けて日経平均株価が連日でバブル後の最高値を更新しているでしょ。株を持っている人はいいんだけど、縁のない人はたくさんいます。所得や資産の格差拡大がますます広がっていきます。

荻原 株価を押し上げている背景には新NISA(少額投資非課税制度)があります。私はNISAをやるなと言ってるんです(笑)。3万5000円台を回復した株高に多くの人が飛びついて、さらに株価は上がるかもしれないけど、プロは「逃げ足」が速いのです。国内外の政治情勢によっては今上がっている株価が一気に急落しても不思議ではありません。ドスンと落ちた時に逃げ方を知らずに大損するのは普通の人たち、投資経験の浅い高齢者たちです。

池上 日銀がマイナス金利をどこかでやめて「金利のある世界」が復活します。これまで、アベノミクスで日銀はせっせとETF(上場投資信託)を買って株価を支えていたのです。

荻原 そう。60兆円もね。

池上 だけど金融緩和をやめるとなると日銀が少しずつ売らなきゃいけない。日銀が売ると株価が下がる。そこでNISAをみんなが買ってくれれば日銀が逃げられる。

荻原 逃げられるかどうかはわからないけど、60兆円もあったら処分しようにもなかなかできない。日銀が60兆円で、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が50兆円を保有しているんですよ。国家予算と同じだけのETFを国が買っているなんて異常だし、いびつですよ。そんな株式市場、先進国にはありません。

池上 官製相場。

荻原 そう、官製相場。その危うさをみんなわかってない。金融庁のホームページを見ると、積立金額と運用成果の右肩上がりのグラフが掲載されています。今まで投資に関心がなかった国民を「新NISA」をエサに株式市場に誘い込み、マーケットの支え手としようとしている気がしてなりません。もしそうだとしたら、最後に損害を被るのは、なけなしのお金をつぎ込んだ普通の人たちです。

池上 そういえば、私、投資詐欺に利用されているんですよ。

荻原 池上さん、私もです! 私の顔写真を使った偽の投資広告では利回り30%の投資などと謳(うた)ってるんです。そもそも私は「投資なんかおやめなさい」と言い続けて、そういう本も書いているから勧めることなんてありえないのに。本当に悪質です。すぐに掲載差し止めの手続きをしましたが追いつかない。今に生成AIがしゃべって「おすすめ銘柄は……」とやられるかもしれない。

池上 生成AI(人工知能)が普及した今、デマやうその情報、フェイクニュースはますます大きな問題になっていきますね。

――値上げラッシュは一息つきそうですか。

荻原 円安がすごく進んだけど、1㌦130円ぐらいまでに戻るんじゃないかと言われています。でも引き続き大変なのは「2024年問題」です。輸送コストがすごく上がって、そのコスト分が商品にのっかってきますからね。賃上げも中小企業は難しいでしょうし、子育て支援政策も支離滅裂だし、ガソリン代のトリガー条項凍結解除などの話もすっかり消えました。庶民の生活は厳しい状況が続くでしょう。

荻原博子
荻原博子

避難所に命を守る「TKB」を!

――万博(2025年大阪・関西万博)についてはどうですか。

池上 「今さらやめられない」ばっかりで。

荻原 どうしてやめられないんでしょうね。大阪府の吉村洋文知事が「万博と(能登半島地震の)復興支援は二者択一ではない」と言いました。「二者択一だろう!」って思いましたよ。だって人手もカネも資材も万博に取られてしまったら復興しないじゃないですか。

池上 費用が膨らみすぎて万博をやめるにやめられなくなっている時に、ある意味、絶好の機会だったんですよ。やめると言えば「よくやった」ということになる。

荻原 延期にしてもよかったんですよ。1年でも2年でも。やめるっていうのはすごく勇気がいるけど、整備費用には国民の税金も使われるわけですからね。

池上 万博は全部取り壊した後、IR(統合型リゾート)にする。カジノのためのインフラづくりでしょ。

荻原 カジノなんて世界では衰退産業です。トランプ・タージマハルとか閉鎖されましたしね。どうして日本はそういうところオンチなんでしょうか。池上さんみたいな人に、世界のスタンダードや潮流をどんどん広めていただかないといけません。

――裏金事件で昨年末から政界は大揺れです。レームダック状態の岸田政権ですが、「ポスト岸田」には誰がふさわしいと思われますか。

荻原 石破(茂)さんかな。

池上 石破さんは逃げない。

荻原 北朝鮮の度重なるミサイル発射など日本の安全を脅かす周辺国が増えています。これからは「国防をどうするか」ということがとても大事になってくると思っています。石破さんは国防に強いし、税金の使い方もある程度わかっていると思うんですよ。

池上 今一番防衛費を使うべきは、全国の老朽化した自衛隊員の官舎です。もうそれは悲惨なもので、耐震対策もなってない。だから、大地震が起きたら真っ先に被災するのは自衛隊員ですよ。とにかくそこにお金をつぎ込む。ミサイルやトマホークを買うんじゃなくて、自衛隊をちゃんと安全にするべきです。

荻原 日本全国どこで地震が起きるかわかりません。能登半島よりもっと過疎地で起きるかもしれない。次の大地震が来た時に農村や過疎地でも対応できるノウハウを作っておかなければ大変なことになりますよね。

池上 イタリアも地震大国ですが、災害が起きた時にはすぐに対応する緊急部隊があって、あっという間に仮設住宅を造るんです。ちゃんとベッドがあるんですよ。同時に炊き出しの人たちが来て温かいパスタをキッチンカーで作ってくれる。ワインもつくんですよ。

荻原 さすがイタリア!

池上 「TKB48」ってご存じですか。トイレ(T)、キッチン(K)、ベッド(B)を48時間以内に設置し、被災者が安心して滞在できる環境を確保することを指しますが、日本ではまだ実現が難しい。体育館などの床に雑魚寝は100年前と変わらない。

セーヌ川で開会式 パリ五輪に期待

――最後に、2024年、ここは期待が持てるというような夢のある話をお願いできますか。

池上 私はパリ五輪ですね。環境に配慮しながら、こんな素晴らしい大会が開ける、お金をかけなくたってオシャレで見事なオリンピックができるんだ、ということを見せつけてほしい。そして、あの東京五輪を反省してほしい(笑)。

荻原 そうですね。オリンピックの入場行進を、セーヌ川を使って行うなんて素敵(すてき)です。世界中が楽しみにしています。

――荻原さんはどうですか。

荻原 私はね、夢のある話ではないんだけど、健康保険証だけは残したい。そのために今年もマイナカードの問題は言い続けるし書き続ける。池上さんご存じですか? 現行の健康保険証が廃止されると、病院の窓口は「マイナカード」に搭載された「マイナ保険証」や、「暗証番号のないマイナ保険証」「被保険者資格申立書」「資格確認書」「資格情報のお知らせ」、さらに1年間は今の保険証にも対応せねばならず、受付業務は大混乱になります。2026年には新マイナンバーカードも出てきます。

 それだけではなく、5年ごとにカードを更新しないとマイナ保険証が使えなくなるので、更新に行かず無保険になる人も出てきます。医療機関もカードリーダーのランニングコストなどが重荷になって廃業する病院も出てきています。つまり、日本が世界に誇る「国民皆保険制度」が崩壊する危機にあるのです。自分たちの子どもの代のことを考えたら、60年かけて守ってきた国民皆保険制度は絶対壊してはならない。保険証1枚残せばいいだけの話ですから。

――明るい話は(笑)。

荻原 ああ、そうでした。明るい話は……。私は、若い人にはすごく期待が持てると思っています。今の若い人って、しがらみがない人が多くて、のびのび育っていて。メジャーリーガーの大谷翔平さんなんかその筆頭ですよね。

池上 将棋の藤井(聡太)くんもそうです。今、活躍している人たちはいわゆる「ゆとり世代」*3なんですよ。ゆとり世代が次々と花開いてるんですよ。

荻原 ほんとにそうですよね。だから教育ってすごく大切だと思います。世の中は「1たす1は2」の時代じゃなくなってきていますよね。なのに日本はいまだに「1たす1は2」じゃないといけないっていう教育しています。出る杭(くい)は打っちゃいけない。

池上 高齢者が若い人たちの邪魔をしないってことですよ。

荻原 「ゆとり世代」が政治に関わる時代まで待ってなきゃだめですかね、この国は(笑)。


*1感染者と濃厚接触した可能性を知らせるスマートフォンの接触確認アプリ

*2感染者の情報把握システム

*3授業時間数の削減や総合学習の取り入れなど、思考力の向上に焦点を当てた一連の教育改革、通称「ゆとり教育」を受けた世代を指す。「横にならう集団教育」ではなく「個を重んじる教育」を受けた


(注)1月15日、初戦となったアイオワ州の党員集会でトランプ氏が得票率51%で圧勝。デサンティス氏は21日、大統領選挙の共和党候補指名争いから撤退すると表明した


いけがみ・あきら

 1950年、長野県生まれ。ジャーナリスト。慶應大卒業後、NHK入局。2005年からフリーのジャーナリストとしてテレビ、新聞、雑誌、書籍などで活躍。名城大、東京工業大など6つの大学で学生たちの指導にもあたる

おぎわら・ひろこ

 1954年、長野県生まれ。大学卒業後、経済事務所勤務を経て独立。経済の仕組みを生活に根ざして解説する、家計経済のパイオニアとして活躍。最新刊は『知らないと一生バカを見るマイナカードの大問題』(宝島社新書)

「サンデー毎日2月11日号」表紙
「サンデー毎日2月11日号」表紙

 1月30日発売の「サンデー毎日2月11日号」には、「東大はじめ難関大合格者も 通信制高校の大学受験の”底力”」「山下智久主演ドラマ 『正直不動産』はなぜ面白い?」「芥川賞作家も創作にChatGTP使用で話題に 生成AIの積極活用法!」などの記事も掲載しています。

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