平易な説明と厳密な証明で数学と自然の連関を実感できる一冊 評者・池内了
『めくるめく数学。 女性数学者たちが語るうるわしき数学の物語』
著者 嶽村智子(奈良女子大学准教授) 大山口菜都美(東京理科大学准教授) 酒井祐貴子(北里大学准教授)
明日香出版社 1760円
「算数」ではなく「数学」に最初に出会ったのは、三角形の内角の和は180度(πラジアン、一直線)になるという、あぜんとするような結果に接したときであろうか。私たち身辺の事柄が、数学の目で見直すと深遠な謎に結びつき、突き詰めていくと単純で美しい定理に帰着すると学んだのだ。まさに「めくるめく」体験であったが、自分の凡庸な頭ではとても数学者にはなれないと諦めた。だから、数学に対してコンプレックスと憧れが入り交じった複雑な感情に捉われる。読者にも、そんな方が多いのではないだろうか。
本書に取り上げられている数学のテーマは、素数、数列、関数、三角比、無限、確率、結び目、写像などで、いかにも難しそうだが、ほとんどが日常身辺にお目にかかる数学の謎掛けから出発する。そして、平易で直観的な説明で謎の種明かしをするとともに、黒板書きのスタイルで厳密な証明も提示していて、「うーんなるほど」と納得させられる。さすが現役の数学者たちであるだけに段取りが上手で、数学世界の奥深さに自然に引き込まれていった。
ここには30の謎が取り上げられているが、特に興味深かったのは、数学に縁がなさそうな生物が数学の定理を先取りしていることだ。
有名なのは、1、1、2、3、5、8……と続く、隣り合う二つの数字を足すとその次の数になるという「フィボナッチ数列」で、この数字の並びはヒマワリの種の配列、キク科の植物の花弁数、パイナップルの皮の数などに見られる。さらに、この数列を大きくして、隣の数との比を取ると黄金比に近づいていく。黄金比は人間が視覚的に美しいと認識する比率で、なぜか植物は人間の美的感覚を先取りしているのである。
数学の法則を体現している動物は素数ゼミだろう。13年とか17年の周期で大量発生する。他の種と交接せず、同種の個体とのみ生殖できる条件としてこんな素数を選んだらしい。進化の結果なのだが、自然は数学で記述されているといえそうだ。
ロマネスコという世界一美しいと言われる野菜がある。その美しさの秘密は、ロマネスコの一房を切り取って元と比べると同じ形に見え、さらにそれから一房を切り取ると、また元と同じ形となることにある。このような、全体と部分が大きさは異なっても同じ形となる性質を「自己相似性」といい、現在は一般化して「フラクタル」と呼んでいる。多くの植物に見られる特徴である。
数学が日々目にするものに生きていることが実感できて楽しかった。
(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)
たけむら・ともこ 専門は確率論。中高生に数学の魅力を伝えるウェブサイト「数理女子」を運営。
おおやまぐち・なつみ 専門は結び目理論、空間グラフ理論。
さかい・ゆきこ 専門は整数論。
週刊エコノミスト2024年3月5日号掲載
『めくるめく数学。 女性数学者たちが語るうるわしき数学の物語』 評者・池内了