コロナ禍で顕在化したビジネスの地殻変動をラグジュアリー業界を舞台に描く 評者・諸富徹
『世界のラグジュアリーブランドはいま何をしているのか?』
著者 イヴ・アナニア(仏コンサルティング会社「ライトハウス」創設者兼CEO)、イザベル・ミュスニク(仏季刊誌『INfluencia』ディレクター)、フィリップ・ゲヨシェ(グランゼコール受験予備校IPESUP共同創設者) 監訳者 鈴木智子、訳者 名取祥子
東洋経済新報社 3850円
コロナ禍は、ラグジュアリー業界にとって大きな試練となった。対面販売の機会は失われ、売り上げは大きく落ち込んだ。だが本書は、コロナ禍が与えたラグジュアリー業界の新たな飛躍を、生き生きと描く。
何が起きたのか。デジタル化、サステナビリティー(持続可能な社会活動)、社会的責任/社会貢献、そして新たな顧客体験/サービス化である。これらの変化は、以前からあったが、コロナ禍で顕在化したのだ。
コロナ禍で彼らは、デジタルの世界に移行した。SNSを用いたマーケティングを展開、インフルエンサーを起用したライブコマース(ライブ配信を活用した販売)で何百万人というフォロワーを獲得、EC(ネット上の取引)プラットフォームの構築で新たな顧客開拓に成功した。
デジタル化は顧客接点を大きく広げ、消費者をリアルタイムでより深く理解することにつながった。そこでラグジュアリーが見たのは、大きく変わった消費者意識である。若い世代は、製品・サービスのサステナビリティーに非常に敏感である。
ラグジュアリーはこれをむしろ、新たな顧客獲得の機会と捉え、中古品市場/レンタル市場の拡大、製造過程での原材料やエネルギー使用の削減、サーキュラーエコノミー(循環経済)の構築に取り組んだ。これらはコスト増になるが、若い世代をつなぎ留めるのに不可欠だ。
ラグジュアリーといえば、高級品の所有による特別感、あるいは高揚感に訴えるビジネスと認識されてきた。だがコロナ禍を経て人々の関心が内面に向かい、「精神の充実」を求めるようになったことを彼らは見逃さなかった。究極的には「ウェルネス(より良く生きようとする姿勢)」という豊饒(ほうじょう)な市場の発見である。
より内面的に満たされたいという顧客の欲求を満たすには、たんにバッグや宝飾・服飾品を販売するだけでは駄目だ。そこで文化イベントやパーティーを通じた顧客体験、そしてラグジュアリーホテルでの洗練されたサービスなど、至高の空間と時間の提供を通じてブランド価値を売るビジネスが始まった。これは、ラグジュアリービジネスのいわば「非物質主義的転回」である。
考えてみれば、こうした変化はラグジュアリー業界に限らず、すべての業界に大なり小なり起きていることだ。本書の価値は、たんに「ラグジュアリー業界のいま」を伝えるだけでなく、ビジネスの世界に起きている普遍的な地殻変動をつかみ出して、我々に見せてくれている点にこそあるといってよいだろう。
(諸富徹・京都大学大学院教授)
Yves Hanania インド商科大学院や仏のビジネススクール等で教鞭を執る。
Isabelle Musnik 創刊した季刊誌ではトレンドやイノベーション等を扱う。
Philippe Gaillochet フリーランスの経営コンサルタントとして活動中。
週刊エコノミスト2024年4月2日号掲載
『世界のラグジュアリーブランドはいま何をしているのか?』 評者・諸富徹