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週刊エコノミスト Online 書評

アメリカで中国敵視本が売れる背景に対日リスクを読む 冷泉彰彦

 ピーター・シュバイツァーといえば、トランプ政権の初期にブレーンを務めたスティーブン・バノンの盟友であり、共に保守サイト「ブライトバート」を運営していた人物である。著作も多く、クリントン夫妻への批判本、あるいは「ディープステート」(闇の政府)が国を動かしているという陰謀論の著作は保守層に浸透している。

 そのシュバイツァーの新作『血塗られたカネ(ブラッド・マネー) 中国がアメリカ人を殺害しているのになぜ権力者は見て見ぬふりをするのか』が売れている。露骨な中国敵視の書であり、この著者の過去の出版と同様にセンセーショナルな表現に満ちている。

 冒頭には、チャーチルの言葉が掲げられている。ナチスの脅威を軽視する当時の政治家たちを批判した警句であるが、まるで中国がナチスであるかのような敵視である。本文は中国のスパイ気球の脅威から書き起こし、現在アメリカが苦しんでいる中国製の合成鎮痛剤(フェンタニル)の乱用問題を「新たなアヘン戦争」と名付けるなど、徹底した挑発姿勢で一貫している。

 2024年の大統領選ではドナルド・トランプ前大統領が権力の座にカムバックする可能性に対して西側自由世界では深刻な懸念が見られる。その多くは、ロシアに対して融和的であり、ウクライナへの支援を渋り、NATO(北大西洋条約機構)の結束を冷笑するトランプ氏の姿勢への懸念だ。だが、本書のヒットは、トランプ応援団というべき現在のアメリカ保守の心情が単純ではないことを示している。

 トランプ派は、欧州のトラブルに対しては孤立主義の立場から距離を置こうとしているが、中国への敵視ということでは、バイデン政権の原則論よりはるかに強硬な嫌悪を抱いている可能性がある。そう考えると、東アジアにおける「もしトラ」というのは独裁政権への寛容な融和論ではなく、むしろ中国への敵視が核にあると見なくてはならない。中国との係争拡大をあおった揚げ句、同盟国を見捨てるという最悪のパターンも想定しないといけなくなりそうだ。その意味で、本書は日本の視点からは看過できない一冊ともいえる。

(冷泉彰彦・在米作家)


 この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。


週刊エコノミスト2024年4月2日号掲載

海外出版事情 アメリカ 過激な中国敵視本、ヒットの背景=冷泉彰彦

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