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教養・歴史 書評

自由民主主義と市場資本主義の因果・相関関係をデータで検証 評者・樋口美雄

『民主主義と資本主義の危機』

著者 マーティン・ウルフ(『フィナンシャル・タイムズ』紙 チーフ・エコノミクス・コメンテーター) 訳者 小川敏子

日経BP 3850円

 民主資本主義はいま国の内外で重大な危機に直面している。アメリカ国内では、普通選挙による議会制民主主義がトランプ前大統領の登場により壊されようとしている。中国では専制政治により統治され、ブラジル、インド、トルコ、ロシアでは「扇動的・権威主義的資本主義」とでも表現すべき形態が出現している。

 自由民主主義は個人の自由と政治的権利を守り、市場資本主義は一定のルールにのっとり、互いの信頼に基づいて経済を作ってきた。両者の組み合わせは確かに欠点を持つが、個人の自由と人権を守るべき価値を有している。この補完関係は不安定ながらも、経済の成長や発展、中間層の拡大によって築かれた。だが人類は恐るべき破壊力を持っており、近視眼的であることで両者の存続を危うくし、権威主義や専制主義、ポピュリズムに陥りやすい。

 著者は経済成長率や生産性上昇率、所得格差や輸出入と統治体制の構成比などの長期データを用いて、自由民主主義と市場資本主義との因果関係、相関関係を立証する。そして両者が崩れたとき、いかなる危機が生じるか、各国の具体例を検証し、本書の説得力を増す。

 現在の民主主義の停滞の根源には、アメリカはじめ西側先進国における冷戦以降の経済の下り坂と格差の拡大、道徳・良識・品位・信頼・規範順守の衰退、そしてエリートの腐敗・不正・うそ等の失敗と信頼の喪失がある。著者はスケールの大きな視点を持って、世界の政治・経済・世論形成の歴史を駆け巡る。

 民主主義国家では自国の市民の福祉を最優先課題に掲げ、活気にあふれた中間層を作ると同時に、全員がセーフティーネットで保護される施策を模索する。そのためには、生活を全般的に持続可能な形で向上させ、働く能力と意欲のある人々によい仕事を提供し、機会の平等と安全を保障して、少数の特権を終わらせる「新しい」ニューディールが必要であると主張する。

 民主資本主義が存続していく上で不可欠なのは自分たちの意向が広く政治に反映され、市場が自分たちに利益をもたらすと一般の人々が実感できることである。現状を見渡すと、これをもっとも成功させているのは「福祉資本主義」であり、ヨーロッパでは「社会民主主義」「社会的市場経済」が、アメリカでは「リベラリズム」がそれに相当すると言う。

 はたして孫の代まで民主資本主義を守り通せるのか。ジャーナリストであり、研究者である著者の問題意識が本書の随所ににじみ出る。

(樋口美雄・慶応義塾大学名誉教授)


 Martin Wolf 自身の展開する金融ジャーナリズムが高く評価され、2000年にCBE(大英帝国勲章コマンダー)を授与された。10~11年にかけて英の独立銀行委員会委員を務める。著書に『シフト&ショック』など。


週刊エコノミスト2024年4月9日号掲載

『民主主義と資本主義の危機』 評者・樋口美雄

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