中央銀行が経済危機に対して試した実験と失敗を詳細に検証 評者・服部元幸
『金融政策の大転換 中央銀行の模索と課題』
著者 田中隆之(専修大学経済学部長)
慶応義塾大学出版会 5940円
21世紀に入って、2008年の金融危機と20年からのパンデミック危機という歴史に残る危機を経験した。日本の場合には1990年代から長期停滞が続いている。危機の中で金融政策は失敗し、実験し、大きく変わった。この大転換を整理し、評価したものが本書である。
08年までは中央銀行は短期金利を政策手段として、そのためにマネタリーベース(日本銀行が社会に供給するお金)の供給を調節していた。ところが、08年の金融危機後、欧米では短期金利はゼロに達した(日銀では99年からゼロ金利が始まっている)。日米欧の中央銀行はさらにマネタリーベースを大量供給した結果、超過準備が大量に発生した。その後、アメリカでは超過準備を抱えたまま、それに利子を支払うことによって短期金利を操作する方法を取った。
各国の中央銀行が採用した非伝統的金融政策を本書は「大量資金供給」「大量資産購入」「フォワードガイダンス」(中央銀行が今後の金融政策として示す指針)「貸出誘導資金供給」「マイナス金利政策」に分類する。大量資産購入は長期国債などを購入し、長期金利などの引き下げを意図する。貸出誘導資金供給は優遇措置によって個別銀行に対して貸し出しを促進する。いずれも結果的に準備預金を増加させるが、それ自体を目的とする大量資金供給とは区別する。しかし、これらは効果が乏しかったと総括する。
新型コロナ危機時には資金繰りに困る企業が続出する。そのため、大量資産購入と貸出誘導資金供給を大々的に行い、企業の資金繰りを助けた。企業の資金繰りを助けることは本来、政策金融に属する。貸し出しのための資金を銀行に貸す時に、ECB(欧州中央銀行)はマイナスの金利をつけ、日銀はそれに対応した超過準備に利子をつけた。これは、中央銀行が補助金を与えるものであり、本来は財政政策に属する。
危機の中で中央銀行は実験し、失敗した。その代表が日銀だった。日銀は01年に量的緩和(本書の分類では大量資金供給)によってマネーストックの増加を意図したが、失敗した。13年3月からスタートする黒田日銀は量的・質的緩和政策(同じく大量資産購入)を実施するが、結局、目標のデフレ脱却はできなかった。しかも長期国債の購入が大きすぎ、持続できなくなる。
中央銀行は経済の危機に対して何をして、何を失敗したのかを後世に伝えることは現在を生きる我々経済学者の務めの一つである。
(服部茂幸・同志社大学教授)
たなか・たかゆき 1957年生まれ。東京大学経済学部卒業後、日本長期信用銀行に入行。その後、長銀証券投資戦略室長チーフエコノミスト、専修大学経済学部教授を経て現職。著書に『アメリカ連邦準備制度(FRS)の金融政策』など。
週刊エコノミスト2024年4月16・23日合併号掲載
『金融政策の大転換 中央銀行の模索と課題』 評者・服部茂幸