教養・歴史 書評

現代の総力戦の遂行には“総動員”より“武士の商人化”が有功と提言 評者・平山賢一

『戦争と経済 舞台裏から読み解く戦いの歴史』

著者 小野圭司(防衛省防衛研究所 特別研究官)

日経BP 2420円

 長く平和を享受してきたわが国も、頻発する紛争と戦争の影響を大きく受けるようになってきた。グローバル化の経済的恩恵は計り知れないが、その見返りに世界中の地政学リスクが自国経済を直撃するようになってきたのである。それだけに、改めて戦争と経済の関係を整理しておきたいとの思いが強くなるはず。本書は、切っても切れない戦争と経済の関係を、肩肘を張らずに整理しているだけに、うってつけの書籍になっている。世界史だけでなく、織田信長や豊臣秀吉などによる戦いの事例も取り上げて解説されているため、親近感が湧くだろう。

 類書として挙げられるポール・ケネディの『大国の興亡』では、軍事的覇権は経済的覇権と密接に結びついていたことが明らかにされている。取り扱われるエピソードも、本書もそれに違(たが)わず戦時に政府が直面する資金調達の在り方を問うている。戦時の政府は、支出の急拡大に耐えうる資金手当てが求められるだけに困難を極める。その手法は、通貨発行、増税(直接税・間接税)、借り入れ(内債・外債)などがあり、それぞれの長所・短所を整理しているため、参考になるだろう。戦時の資金調達を円滑にするためには、平時に財政健全化を達成しておく必要があるとの思いを、読者にあっては抱くのではないか。

 ところで、現代の戦争は、限られた戦争から、総力戦に転換している。そのため、戦争は、財政や通貨・金融といったカネの側面だけでなく、産業、通商・貿易、人の側面とも深く結びつくようになっているとの指摘は重要であろう。

「経済活動全般を統制下において、戦争目的の達成に貢献」させるという総動員は、遠くの時代の記憶ではなく、ロシアによるウクライナ侵攻に代表されるように、現代的な動きに他ならない。

 この個人の自由や経済合理性よりも、公共と規制に軸足を置く動員は、効率性や利害調整の観点から課題が多いはず。そこで著者は、戦争従事者も経済的な合理性を意識するという「武士の商人化」という解決事例を紹介しており、興味深い。確かに、このような方策は、いかにして経済的側面を両立させて戦争を遂行するかという点からは、有効かもしれない。合理的な生産活動を推進するために、軍の関与を抑え民間主導にするわけだ。一方、読者は、経済的に無理が生じる戦争の実態が明らかになった分だけ、従来以上に戦争を回避すべきとの思いが強くなるのではないか。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)


 おの・けいし 京都大学経済学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)勤務を経て防衛庁(現防衛省)防衛研究所に入所。社会・経済研究室長を務めたのち、現職。著書に『いま本気で考えるための日本の防衛問題入門』など。


週刊エコノミスト2024年5月14・21日合併号掲載

『戦争と経済 舞台裏から読み解く戦いの歴史』 評者・平山賢一

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