日本アニメの中国“字幕組”はサブカル伝道師だった 菱田雅晴
べらぼうに日本語がうまい中国人留学生に尋ねると「日本のアニメやテレビ番組で勉強しました」という答えが多い。動漫=アニメに代表されるポップカルチャーの日中交流に果たす大きな役割はよく知られてはいるが、実は日本のサブカルの中国への浸透の背景には「字幕組」といわれるグループの存在が大きい。
一般に映画、テレビアニメなどの映像作品に海外ファンが独自に字幕(サブタイトル)を付ける行為はファンサブ(fansub)と呼ばれるが、中国でそれを行うのが「字幕組」だ。字幕組とは、かつての中国では海外の映像作品に触れるルートが限られる中、コピーDVDやネット上に違法アップロードされた日本のアニメやドラマを自分の趣味として勝手に翻訳して字幕を付け、ネット違法配信するアマチュア集団をいう。
字幕組に関しては既に多くの研究があるが、その実態や動機、違法性を論じた概説書が陳一・曹志偉『網絡字幕組─公開的“偸渡”』(蘇州大学出版社、2021年)だ。ジャーナリズム、メディア論を専門とする2人の著者は日本アニメから韓国ドラマに至る中国のネット字幕組の発展の歩みをたどり、字幕組は“盗版者”(=海賊版)から“盗火者”となったとして、プロメテウスが人類に火をもたらしたように中国に海外文化を伝える伝道師だと論じている。
著者はさらに、「倫敦之心」という名の日本語字幕組に実際に加入し、4カ月もの参与観察を行った上で、対象映像の選択・入手から下訳、映像作成、校正、配信に至るまで組内の分業体制が配置され、字幕組メンバー間のやりとりはすべてネット上で行われ、いわばアマチュア同好会のような集合体だと総括する。その背景として同書は低クオリティーの国内コンテンツへの不満と優れた海外コンテンツへの飢餓感を挙げる。
もちろん「純粋なファン活動」であるにせよ、原権利者の許諾なき限り、その権利を大きく侵害する。例えば日本の著作権法の第21条(複製権)、第27条(翻訳権)等各条項に対する違法行為である。同書は、21年2月「人人影視」字幕組関係者の逮捕により野放図な字幕組の無法時代は終焉(しゅうえん)したとして、合法化された正規の配信ルートによる字幕組の新たな役割に期待を寄せている。
(菱田雅晴・法政大学名誉教授)
この欄は「永江朗の出版業界事情」と隔週で掲載します。
週刊エコノミスト2024年6月4日号掲載
海外出版事情 中国 違法配信集団はサブカルの伝道師!?=菱田雅晴