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教養・歴史 書評

人間にとって「労働」とは何か 狩猟採集時代から検証 評者・後藤康雄

『仕事と人間 70万年のグローバル労働史(上・下)』

著者 ヤン・ルカセン(アムステルダム自由大学名誉教授) 訳者 塩原通緒(みちお)、桃井緑美子(るみこ)

NHK出版 上下巻、各3520円

 本書は、長年労働史を研究してきた歴史学者が、膨大な文献等をもとに私たち人間にとって労働とは何なのかを問うた労作である。そのタイムスケールは、狩猟採集時代から今日に至る70万年と壮大だ。

 著者は、人類史を大まかに区分した上で、労働形態を六つに分類する。そして、いずれの形態も歴史を通じ普遍的であったことを示す。例えば、狩猟採集民が市場などを介さず成果を分け合った「互酬」は、今日も世界中の家庭内労働に生きている。「奴隷」という極端な労働形態は過去の遺物と感じられるかもしれないが、時に戦争などをまじえつつ強制的な労働は近現代にも散見される。

 現代の先進国に生きる私たちは、多くの問題を抱えつつも市場経済は過去のいずれの体制より格段に進化した体制とみなしがちだ。しかし、紀元前のインドや欧州などを引き合いに、著者は市場経済も目新しいものではなく、歴史の中で消滅と出現を重ねてきたとする。市場に基づく労働関係、さらにはその他の就労形態も然(しか)りと議論は展開する。

 人類の営みを振り返った上で、労働に一貫する三つの要素が挙げられる。まず一つは社会的意義である。ドライな市場経済に生きる私たちも、確かに仕事におけるやりがいと、それを左右する社会的意義を重視する。残りの二つは、相互の協力と、労働条件や成果配分の公正さであり、これらもまた納得がいくものである。では今日の仕組みは以上を満たしているのか。もし十分でないなら、将来的に可能なのか。

 個人の経済活動の中心に位置する「労働」に、経済学は大きな関心を寄せ、これまで多くの意義深い成果を得てきた。しかし、市場の存在を前提とする現代経済学は、社会構造のダイナミックな転換の分析をあまり得意とはしない(制度や仕組みを取り込む努力は一定の成果を上げつつも)。

 読者の大きな関心である、これからの労働のあり方に対し、著者は研究者として抑制をきかせつつも、いくつか手がかりを挙げている。そのうちの一つ、「時として社会の仕組みは予想もつかない形で大きく転換する」という主張は重く、それだけに受け止め方には幅があるだろう。

 学術書と啓蒙(けいもう)書の双方の顔を持つ本書のハードルを高く感じる読者がいれば、優れた解説のナビゲーションを頼りに読まれることをお勧めする。労働と無縁でいられない全ての人々にとって、本書は自らの仕事を客観視する気付きを与えてくれるはずだ。

(後藤康雄・成城大学教授)


Jan Lucassen 労働史を専門とする歴史学者。長年、オランダの国際社会史研究所(IISH)で研究部長を務めたのち、現在は同研究所の名誉研究員に就任。


週刊エコノミスト2024年6月4日号掲載

『仕事と人間 70万年のグローバル労働史(上・下)』 評者・後藤康雄

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