苦境が続く日本の電機産業に意識変革の兆し 経営論の視点で復活を考える 評者・近藤伸二
『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』
著者 長内厚(早稲田大学商学学術院教授)
日経BP 1980円
シャープが5月、テレビ向け大型液晶パネル製造からの撤退を発表した。これで国内の大型液晶パネルの生産拠点はなくなる。半導体と並び、かつて世界を席巻した日本の液晶はなぜ敗退したのか。本書には、タイトルに掲げた半導体だけでなく、日本の電機産業全般の敗因と処方箋が描かれている。
日本が衰退した原因について、著者の分析は明快だ。「技術的な優良さだけを求め続けた結果、多くの場合であえなく数の力に負けてしまっている」のである。日本が開発した技術を韓国や台湾、中国などのアジア勢が標準化して大規模ビジネスに発展させ、日本を追い落とすパターンが繰り返されているという。
背景には、状況認識の甘さがある。デジタル化によって、エレクトロニクス競争は「数をたくさんつくってたくさん売ったところが1人勝ちする」時代を迎えた。それなのに、日本の企業は「『新しい技術で性能の良いものさえつくっていれば、消費者は必ずついてきてくれる』という技術信仰の呪縛から長く抜け出せず」にいたのだ。
最近になって、日本の官民もようやく事態をのみ込んできた。著者が転換点になると期待しているのが、日本政府から巨額補助金を得て、台湾積体電路製造(TSMC)とソニーグループなどが合弁で熊本に建設した半導体工場だ。ここで生産するのは旧技術による製品だが、自動車やパソコンなどへの需要が急速に増えている。
著者は「今回は、顧客や市場がいま何を望んでいて何が足りないかを考えたうえで、あえて10年前の半導体をつくろうと意思決定したことに、大きな意識変革が感じ取れます」と評価する。
こうした現状を踏まえ、著者は「日本は価値創造には強いが価値獲得には弱い。逆に台湾は、価値創造は下手だけど価値獲得はうまい」として、補完性や地政学的な側面から台湾との連携を勧める。
また、米中対立に伴い、サプライチェーン(供給網)において「脱中国」の動きが広がる中、「中国製品排除の隙間(すきま)を埋める戦略に打って出るべき」と提言する。
ただし、米政権の方針が変わると、はしごを外される危険性もあるとして、中国を完全に切り離す必要はないとも指摘する。
本書は日本企業が陥りやすい技術論ではなく、経営論の視点から日本の課題と進むべき道を解き明かしており、日本の製造業復活の羅針盤となるだろう。
(近藤伸二・ジャーナリスト)
おさない・あつし 1997年京都大学経済学部卒業後、ソニー(現ソニーグループ)に入社。薄型テレビ事業の立ち上げなどに関わる。退職後、神戸大学経済経営研究所准教授等を経て2016年より現職。著書に『イノベーション・マネジメント』(共著)ほか。
週刊エコノミスト2024年6月11・18日合併号掲載
『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』 評者・近藤伸二