根拠も検証も抜きで重ねられた日本の教育改革を告発 緻密な実証研究で改善策を提案 評者・原田泰
『学力と幸福の経済学』
編著者 西村和雄(神戸大学計算社会科学研究センター特命教授) 八木匡(同志社大学経済学部教授)
日経BP 3960円
本書には、教育の現状批判とその改善を目指す熱のこもった序章と終章がある。序章と終章に挟まれた14の章は、いずれも厳密な分析手法に基づいた論文である。つまり、本書は緻密な研究に基づいて、現行の教育の欠陥を指摘し、改善策を提案している。
序章は、少数科目入試がいかに教育を破壊したかを述べている。大学が入試科目を削り、見かけの偏差値を高めることで、数学能力ひいては基礎学力の低下を招いたとする。入試制度の多様化は、学力考査では測定できない能力を評価し、そのような多様な能力を持った人材に大学教育の門戸を開くことにあった。しかし、それによって優れた人材を社会に輩出できてはいない。
大学生の学力低下は恐ろしい。トップの私立大学文系でも小学生の算数の問題が解けない学生が2割いる。文系だけでなく、理系でも深刻な学力低下が起きている。日本の学術論文数や特許出願数の低下は、中学時代の理数科目の授業時間の減少によるという。
「数学ができる人は年収が高い」という調査結果はネットでも話題になった。私は、文系に女性の多いことが結果に影響を与えているのではないかと思っていたが、本書は、男性に限ったサンプルでも、この結果が成立することを示している。もちろん、数学を学ぶか、学ばせれば労働の質が高くなり、賃金も上がると解釈できるかどうかは分からない。もともと数学のできる人は論理的推論に優れ、それゆえに高い所得を得られているかもしれないからだ。
公立学校の教育力が低下すれば、親の経済力や学歴が子どもの学力に影響する度合いが高まる。ゆとり教育による公教育の形骸化が進めば、学校外教育の必要度が高まる。これは世代を通じて格差を固定化、拡大することになる。
終章は自学自習教材による指導の実践である。さまざまな要因で公教育の形骸化が進むなら、自学自習できる教材を用いることで教員の負担を削減し、子どもの学力を強化するという実践である。人件費より教科書代の方が安いのだから当然の試みだと私は思ったが、本書の著者たち以外は誰も考えていなかったことの実践記録である。
根拠のない思い込みで多くの教育改革が実施され、それが検証されることなくまた新しい改革がなされていくという日本の教育に対する告発に、私は深く共感した。事実に基づかず教育を考える人々にはぜひ読んでいただきたい。
(原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授)
にしむら・かずお 2010年京都大学名誉教授、米サンタフェ研究所特任教授、13年神戸大学経済経営研究所特命教授、19年から現職。
やぎ・ただし 名古屋大学助教授、同志社大学助教授を経て現職。公共経済学、スポーツ経済学、教育経済学などが専門。
週刊エコノミスト2024年6月25日号掲載
『学力と幸福の経済学』 評者・原田泰