教養・歴史 書評

「駐夫=駐在員の夫」12人の脱“男らしさ”体験談集 藤原裕之

『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』

著者 小西一禎(ジャーナリスト・作家)

ちくま新書 990円

 「男は仕事。女は仕事と家事・育児」という価値観が支配する社会では、稼ぎ手の役割を果たさない男性は「男から降りたもの」と見られる。妻の海外赴任に同行するため勤め先を休職・退職した「駐夫(ちゅうおっと)=駐在員の夫」、今や身近な存在になりつつある「妻のほうが自分より稼いでいる男たち」──本書はこれら12人へのインタビューを通じ、男性優位の企業文化が根強く残る日本社会における「男の生きづらさ」の正体を浮き彫りにする。

 12人のインタビューからは、「男は仕事」という価値観に苦悩する姿が生々しい本音で語られている。妻の海外転勤を告げられたとき、自身のキャリアが中断されることへの不安が脳裏をよぎる。滞在中に会社のメールを見て「自分がいなくても会社は回る」現実を知らされる。スーパーで欲しいものを見つけても、自分のお金じゃないと、手に取った商品を陳列棚に戻す。稼げなくなった駐夫たちの苦悩が伝わってくる。

 妻に収入で負けた男性のケースからは、外で活躍する妻に対する応援と悔しさ・焦りが同居する複雑な心境が語られる。「もう、こんなに稼がなくてもいいんじゃないかな」。夫より稼ぐ妻から発せられるこんな言葉には、日本社会に横たわり続ける「やはり働くのは男性」というジェンダー役割規範が女性側の意識にも影を落としているのが分かる。

 そして、仕事の呪縛に苦悩する駐夫たち、妻に稼がれる男たちにやがて変化が訪れる。現地生活に慣れ、異なる価値観や考え方に触れたことで、これまで常識だと思ってきた長時間労働や男らしさに対する違和感が湧いてくる。そして帰国後のキャリアに向け、新しい働き方を模索したり、新たなスキルの獲得に動き出していく。自身も駐夫の経験を持つ著者は、男らしさの呪縛から抜け出した駐夫は、キャリア中断からの回復に成功した男性のロールモデルになると期待する。それがキャリア中断を肯定的に受け止める企業文化、夫婦が共同でキャリア形成していく社会につながっていく。

 本書が取り上げた海外赴任への同行に限らず、病気から介護、留学、ボランティア、学び直し(リスキリング)に至るまで、キャリア中断は誰にでも起こり得る。葛藤の末にキャリア中断の苦悩を乗り越えた駐夫たちの経験を明日の自分と重ね合わせる。古いジェンダー観や男らしさの呪縛にとらわれることなく、家族の幸せとともにキャリアを切り開いていきたい人に手に取ってもらいたい一冊だ。

(藤原裕之・センスクリエイト総合研究所代表)


こにし・かずよし 1972年生まれ。慶応義塾大学卒業後、共同通信社で首相官邸や外務省を担当。妻のアメリカ赴任に伴い会社の休職制度を男性として初めて取得。現在は「世界に広がる駐夫・主夫友の会」代表を務める。


週刊エコノミスト2024年7月9日号掲載

『妻に稼がれる夫のジレンマ 共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』 評者・藤原裕之

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