経済・企業 ロングインタビュー情熱人

ベルギーのスタジアムに「DAIO WASABI」――深澤大輔さん

「2026年以降も命名権を延長できるように頑張ります」 撮影=武市公孝
「2026年以降も命名権を延長できるように頑張ります」 撮影=武市公孝

大王わさび農場代表 深澤大輔/120

ベルギー・シントトロイデンのサッカースタジアムに今、「DAIO WASABI」の看板が掲げられている。なぜ、ベルギーでわさび? そのわけを聞こうと、長野・安曇野を訪ねた。(聞き手=元川悦子・ライター)

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── 「大王わさび農場」を運営する大王(長野県安曇野市)が昨年2月、ベルギー1部のサッカークラブ、シントトロイデンの本拠地の命名権を獲得しました。2025年12月末までの契約です。どんなきっかけだったのですか。

深澤 シントトロイデンの経営権を持つ日本企業のDMM.comの関係者と縁があり、22年にスタジアム命名権取得の話をいただきました。自分もサッカーが好きで、何かとサッカーが身近でした。「これも何かの縁なのかな」と感じましたね。

── わさび農場の名前をベルギーのサッカースタジアムに出す狙いは?

深澤 サッカーを通して「安曇野」という土地をより多くの人に知ってほしいという気持ちが強かったんです。この1年間は我々の農場に概算ベースで80万~90万人の来場者があり、インバウンド(訪日外国人観光客)も増えています。今年の大型連休も過去にない人出にはなったのですが、新型コロナウイルス禍の間に営業休止した宿泊施設や商店も数多くあり、にぎわっている印象はそれほどないですね。先々を考えても、もっともっと地域に多くの人を呼び込まなければいけない。そう考えて、命名権取得に踏み切りました。

── わさびという日本の食文化を世界に知ってもらう機会にもなりますね。

深澤 それも大きいと思います。日本のわさびは静岡県と長野県が2大産地で、両県で全国の9割を占めています。安曇野は扇状地で湧水が出る。僕の先祖に当たる初代がその特性に着目し、1915年に開墾したのが始まりで、今は15ヘクタールという広大な畑があります。しかし、気象条件の変化もあり、近年は水量の大幅減という課題に直面しています。わさびの苗自体も入手が難しくなり、日本中のわさび農家が苦労しています。そういった現状を踏まえて、わさびの認知度や存在価値をより高める必要があるとも考えました。

── 現地での手応えはどうですか。

深澤 今年4月にベルギーのハッセルトで開かれた日本文化のイベント「ジャパンフェス」に参加した際、我々のシェフが考案したわさびとクリームチーズ、サーモンを使ったカナッペなどを提供し、日常的に食べていただけると実感しました。わさびという新たな味覚が加われば、食卓もより多彩になる。そういう魅力を知っていただければ、我々の農園や安曇野という町への興味も抱いてもらえるのかなと思っています。わさびの可能性はまだまだあるなと実感していますね。

DMMがクラブ経営権取得

 シントトロイデンはブリュッセルの東約50キロにある人口約4万人の都市。その市街地の西端に建つのが、11年の改修によってレストランやホテルなどを備える近代的な複合施設となった1万4600人収容の「ダイオー・ワサビ・スタイエン・スタジアム」だ。本拠を置くシントトロイデンは17年にDMM.comが経営権を取得した後、日本代表キャプテンの遠藤航選手(現リバプール=イングランド)ら日本人選手も積極的に獲得している。 大王わさび農場の経営者の家系に83年に生まれた深澤さん。家業を継ぐ意思はまったくなく、留学先のロンドンで靴作りと出会った後、イギリス最高位の靴職人であるジェイソン・エイムスベリー氏の下で手ほどきを受けた。帰国後、フリーランスで靴作りの仕事をしていたが、28歳の時に突然ある病に襲われ、車椅子生活となる。

── 深澤さんはユニークな経歴ですが、わさび作りへの興味は?

深澤 いや、全然(苦笑)。僕は姉2人と兄のいる末っ子で、家業を継ぐ予定もなかったので、20代前半までは好きなことをやってきました。明治学院大学に進学してからは柄にもなくフランス文学を専攻して、フランスに短期留学にも行きましたね。卒業後も語学を学び続けたいと考え、語学学校を経て、ロンドン芸術大学に進みました。もともと伝統工芸や文化は好きだったので、靴作りと出会った時はものすごく魅力を感じました。職人としては大したことはなかったですが、その道でやっていこうと思い、帰国した後も自営で製作を請け負っていました。

「脊髄梗塞で車椅子生活になった時、『自分の人生、終わったな』と絶望した。リハビリに専念して前向きになれた」

── 車椅子生活を余儀なくされるようになったのはなぜですか。

深澤 11年の東日本大震災の2カ月後、突然、腹部と腰部の痛みに襲われたんです。緊急入院し、気付いた時には足が動かなくなっていました。脊髄梗塞(せきずいこうそく)という珍しい病気だと診断され、「自分の人生、終わったな」と絶望感に襲われました。東京都武蔵村山市のリハビリ専門病院に転院し、歩行機能回復のためのリハビリを始めることにしました。

 そこで出会った人から「脊髄障害者専門のリハビリジムがあるんだけど、入会には選考が伴うらしい」と聞かされ、書類に思いのたけをぶつけて送りました。入会が承認されて通い始めると、2週間で平行棒を使って歩けるようになったんです。つえを使っての移動も可能になり、行動範囲が広がりました。1~2年間はリハビリに専念する中…

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