青森から発信する演劇人――畑澤聖悟さん
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劇団「渡辺源四郎商店」代表、劇作家・演出家 畑澤聖悟/121
はたさわ・せいご 1964年8月、秋田県出身。大学卒業後、秋田県で中学校教諭をしながら91年、青森の劇団「弘前劇場」に入団。青森県の採用試験を受け直し、95年に県立青森中央高校に美術教諭として赴任。2年目から演劇部顧問に。2005年、弘前劇場の退団と同時に劇団ユニット「渡辺源四郎商店」を設立し、08年に劇団化。他校への転勤を経て現在も青森中央高校教諭を務める。他劇団への戯曲提供も多く、代表作に「親の顔が見たい」「カミサマの恋」「母と暮せば」「hana―1970、コザが燃えた日―」など。
青森を拠点にエンターテインメントを追求しながら社会問題に切り込む演劇人がいる。劇団「渡辺源四郎商店」代表で劇作家の畑澤聖悟さん。並外れた行動力や創作への熱意の根源にあるものとは──。(聞き手=りんたいこ・ライター)
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── 畑澤さんが主宰する劇団「渡辺源四郎商店」の第39回公演「法螺貝(ほらがい)吹いたら川を渡れ」を、今年5月に演劇の聖地、東京・下北沢の小劇場「ザ・スズナリ」で上演しました。満席が出る回もあり好評でしたね。
畑澤 新型コロナウイルス禍で小劇場にはもう人は戻ってこないと思っていましたが、たくさんのお客さまが来てくださいました。また、劇団の稽古場(けいこば)兼劇場(青森市)での公演は4ステージとも満員で、感慨深かったです。
「戦争の愚かさを笑い飛ばしてみたいと考えた」
── 物語の着想は、ロシアによるウクライナ侵攻や、イスラエルのパレスチナ自治区ガザ地区への攻撃から得たそうですね。
畑澤 ロシアにせよイスラエルにせよ、侵攻している先は本来は自分たちの土地という意識が根底にある。そうした言い訳は、第二次世界大戦はじめ過去の戦争でも使われてきました。そういうことを、地元・青森県のローカルの物語に落とし込んで、できるだけコメディータッチで、戦争の愚かさを笑い飛ばしてみたいと考えました。
── 観客の反応はいかがでしたか。
畑澤 意図的に南部弁と津軽弁の差を出したので、東京のお客さまからは「なまりがきつくて言葉が分からないところもあったけれど面白かった」という感想をいただいたりしました。また、青森では方言が分かる分、濃密な時間を作れました。いずれにせよ、戦争の話だと受け取っていただけたと思います。
青森市を拠点に活動する劇団「渡辺源四郎商店」、通称「なべげん」は、畑澤さんが地元で働きながら演劇を続けたい人たちの受け皿になりたいと2005年に設立した。現在、20人ほどの劇団員は、みな働きながら活動している。ユニークな劇団名は「尊敬する父祖の力を借りよう」と、自身の父の旧姓と祖父の名から採った。「商店」は観客を「いらっしゃいませ」ともてなす気持ちからだ。 なべげんの演劇は青森に根差した物語であることが特色で、畑澤さん作・演出の「法螺貝吹いたら川を渡れ」は、津軽と南部に分断された幕末の東北を舞台に、マタギとその家族らが新政府軍と旧幕府軍に翻弄(ほんろう)される姿を描いている。
初の戯曲集を4月に出版
── 今年3月には、畑澤さんの戯曲「イノセント・ピープル~原爆を作った男たちの65年~」がリメーク上演されました。原子爆弾開発に従事したアメリカ人の若者5人の戦後とその家族の物語で、初演は10年ですが、今、上演される意義をどう考えますか。
畑澤 この戯曲は、僕が広島市を訪れ、平和記念資料館の展示物を見てショックを受けていた時、若い白人カップルがにこにこ笑いながら展示物を指さしていたのを見て、日本人の一人として覚えた怒りを表現しました。もちろん、日本人もいろんな国の人にひどいことをしてきましたし、日本人だけが被害者だとは思いません。でも、あの時感じたことは、強力な原動力になった気がします。
13年に再演していただいた時は、3.11の東日本大震災(11年)の後だったので、原子力の成り立ちについて考えるという意義がありました。その後の世界を見ると、僕が住む青森の上空をミサイルが何度も通過してJアラートが鳴り、ロシアも核兵器使用をにおわせたりしています。明らかに初演のころよりも核兵器が使われる危険性が高くなっています。
── その「イノセント・ピープル」や、いじめ問題を扱った「親の顔が見たい」など、畑澤さんがほかの劇団に書き下ろした戯曲を初めてまとめた『畑澤聖悟戯曲集1』(論創社)を今年4月に出版しました。
畑澤 戯曲は上演されない限り、いろんな人に見てもらえないので、活字で残るのは大変ありがたいです。戯曲としては、意外と売れているんです(笑)。僕の郷里の秋田県では、月1回の読み合わせ会をやっていると聞いています。今後の発刊の予定はまだ立っていませんが、まずはこれを売り切りたいと思っています。
── 戦争や震災にまつわる作品は、書いていてつらくなりませんか。
畑澤 つらくなるというより、放っておくとどんどん作品の内容が深刻になっていくので、そうならないように心掛けています。(小説家・劇作家の)井上ひさしさんの言葉に、「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく……」という名言があって、僕はそれを書斎の一番目立つところに貼っています。僕は、演劇はエンタ…
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週刊エコノミスト
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