中国農村の現在を知ることで見える身分制や共同体のない社会 評者・服部茂幸
『中国農村の現在 「14億分の10億」のリアル』
著者 田原史起(東京大学大学院教授)
中公新書 1056円
都市化が進んだ現在でも、農村を知らずして、中国を知ることはできないだろう。本書はフィールドワークによって中国の農村の姿を明らかにしようとする書である。中国はすでに秦・漢帝国時代に郡県制が敷かれ、中央集権体制ができた。宋代からは身分性も解体し、科挙によって登用された官僚が政治を担っている。古代中国の中心である中原は平地が広がり、戦乱の舞台となってきた。流動性の高い中国社会では地縁ができず、中国人は父から息子へと進む父系の流れを重視する。
日本では、比較的最近まで、「家」は家名、家業、家産が一体となった経営体だった。しかし、同じ家族重視でも中国の家族は個人を中心に状況に応じて伸縮するという。中国の村は、個人を通じたネットワークの束であり、日本のような共同体ではない。そして発展する中国の中でも取り残されているように見えるのが農民である。しかし、農民は都市住民を別の世界の人々と思い、比較対象としない。反対に身近な農村の仲間との競争にいそしんでいる。
共産党支配を農村で支えているのが、村の基層幹部である。ところが、中央政府は村民委員会に民主的な選挙を導入した。その結果、かつてのリーダーは追いやられ、経済エリートか、やくざ的な人間が村の幹部になっているという。中国の村で選挙が機能しないのは、身分制が解体し、地縁が薄いために、代表を選挙で選ぶということが農民にイメージできないためである。それでも、中国の中央政府が村だけに選挙を実施させるのは、村の幹部は末端で共産党を支えているが、真に彼らを信用できないからである。
現在の中国は都市化が進んでいる。中央政府も2000程度の県域の都市化を進め、ここに(元)農民を住まわせようとしている。反対に人口500万人以上の大都市では農民が都市戸籍に移ることは依然として厳しく制限されている。しかし、こうした県域都市に住む人々はバイタリティーがなくなり、ぬるま湯のゆでガエルとして現体制の支持基盤となるという。反対に厳しい国際競争を生き抜くことを期待されているのが、大・中都市市民である。
さて、日本も今では身分制は解体されている。共同体としての村、家、会社もほぼなくなった。新自由主義の影響もあり、自己責任論は内面化されている。身分制や共同体は、今後、世界的にも解体していくだろう。中国社会を知ることは身分制なき、共同体なき社会のあり方を考える上でも重要な意味を持つだろう。
(服部茂幸・同志社大学教授)
たはら・ふみき 1967年生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。社会学博士。東京大学大学院総合文化研究科准教授などを経て2021年より現職。農村社会学、中国地域研究が専門。著書に『草の根の中国』など。
週刊エコノミスト2024年7月30日号掲載
『中国農村の現在 「14億分の10億」のリアル』 評者・服部茂幸