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BYD SEAL1000キロ試乗記① 中国発の「米テスラキラー」で伊勢志摩を目指す 乗り心地の良さと広い車内に好印象 稲留正英・編集部
7月下旬、中国電気自動車(EV)大手、BYDの最新セダンSEAL(シール)に2日間で1000キロ超、試乗する機会を得た。2023年1月から日本の乗用車市場に参入し、「EVの黒船」と呼ばれたBYDが日本で発売する3車種目、そして最上位車種だ。SEALは英国やドイツの自動車評価の動画番組では評価が高く、「米テスラキラー」との異名も持つ。果たして、その実力はどれほどのものなのか、実際に乗って、確かめてみた。
BYDの試乗は、ドルフィン以来2度目
BYDの乗用車の長距離試乗は、昨年10月末の小型車ドルフィン以来、2回目となる。前回は東京から名古屋まで高速で往復したが、今回は三重県の伊勢志摩にまで足を伸ばした。このコースは新東名高速で最高時速120キロで走行できるほか、三重県は充電スポットが少ないため、充電過疎地でのEVの使い勝手を知るには、好都合だからだ。
まず、SEALの概要を説明したい。全長4800ミリ×全幅1875ミリ×全高1460ミリで、いわゆるDセグメントと言われる中型セダンに分類される。日本では日産のスカイライン、海外ではメルセデス・ベンツのCクラスや、BMWの3シリーズが該当する。
発売時期は米テスラモデル3より5年新しく
だが、真のライバルは、同じEVセダンであるテスラのモデル3だろう。表に見るように、サイズや動力性能、航続距離、そして価格もほぼ同じだ。今、米テスラがEV市場でシェアを低下させている。イーロン・マスクCEOの過激な発言が政治的にリベラルなEVユーザーに敬遠されていると言われるが、本当の理由は、中国EVの急激な性能向上にあるのでは、というのが、私の見立てだ。モデル3は2017年7月の発売(23年8月に一部商品改良)に対し、BYD SEALは22年5月と1世代分新しい。今回の長距離試乗はその仮説を確かめる狙いもある。
目的地は伊勢市阿児町の岬の先端にある「岬の宿 磯崎」
出発は7月27日の早朝。朝6時20分に充電残量79%で東京・杉並区を出発し、世田谷区用賀の東京インターチェンジ(IC)から東名高速に乗り、一路、伊勢志摩を目指す。
目的地は三重県伊勢市阿児町(あごちょう)安乗(あのり)という岬の先端にある旅館「岬の宿 磯崎」だ。地図から判断する限りでは、陸の孤島とも言える場所で、宿にも周囲にも充電施設はない。高速のサービスエリア(SA)やパーキングエリア(PA)で充電して、高速から降りた後は、目的地まで車載バッテリーの電池だけが頼りだ。
東名高速では、神奈川県の大和トンネル付近で渋滞に巻き込まれたが、7時52分に海老名SAに到着した。充電残量は71%と十分だったが、ここで、新電元工業の出力90キロワットの急速充電器で充電した。当初の充電出力は77.8キロワット。リン酸鉄(LFP)リチウムイオン電池を搭載するSEALは最大105キロワットで受電が可能だ。30分の充電で、充電残量は71%→97%に回復。航続可能距離は597キロを表示している。
第一印象は「一般道でも高速でも乗り心地がとても良い」
高速で走った第一印象は、まず、乗り心地がとても良いという事。前日に横浜市のBYDオートジャパン本社で車を借り受けた際に市内の一般道を走ったが、路面の凸凹をサスペンションがうまく吸収し、体への負担が少なかった。高速でもその印象は変わらない。
空気抵抗の大きさを示すCd値は0.219と低く、高速での風切り音も抑えられ、室内も十分に静かだった。今回試乗した車の車重は2100キロとテスラ モデル3の同じ後輪駆動モデルより300キロも重く、加速は鈍重ではないかと心配したが、杞憂であった。車速はオルガン式のアクセルペダルの踏み込み量にリニアに反応し、必要十分以上に速い。時速0~100キロ加速に要する時間は5.9秒でテスラ モデル3の6.1秒を速さで上回っている。
エンジン車から乗り換えても違和感のない内装
運転席の印象は、普段乗るエンジン車とそんなに変わりはない。ハンドルの奥には、10インチの液晶画面があり、そこに速度や充電状態、瞬間電気消費量やタイヤの空気圧などが表示される。また、ヘッドアップディスプレイが標準装備で、フロントガラスに制限速度や現在の速度、運転支援装置の作動状況などが投影される。
ダッシュボードの中央には15.6インチの電動回転式液晶画面が配置され、ここで、ナビやエアコン、音楽ソフトなどを操作する。ハンドルのボタンや液晶画面のスイッチを押すと、画面が90度回転し、縦横が切り替わるBYDお得意の仕様だ。
米テスラ モデル3の最新モデルは、方向指示器のレバーさえないミニマリズムだ。その点、SEALはエアコンの操作は液晶画面で行うものの、テスラと比べればさほど違和感はないだろう。
炎天下に全面パノラマルーフでエアコンは常に全開 シートにはベンチレーター
試乗した当日は、晴天で、車の温度計は朝方28度、名古屋近辺の昼過ぎには41度に達した。天井は全面ガラスのパノラマルーフだ。紫外線は防ぐ仕様だが、それでも、内張付きの通常の鉄製ルーフに比べれば、車内は暑くなる。だから、エアコンの温度を22度に設定し常に全開にした。エアコンは1時間当たり3キロワットの電力消費量がある。3時間の走行なら消費量は9キロワットと決して少なくはない。ただ、本革シートにはベンチレーターが搭載され、お尻や背中に涼しい空気が流れてくる。この装備は運転席と助手席のみだが、炎天下の快適性に大いに貢献した。ガラスルーフを覆うサンシェードも別売りであるようなので、実際にSEALを購入する人は、一つ、車内に備えると良いかもしれない。
前席のシートは大きく、肩や脇も包み込む形状。腰もしっかりサポートし、長距離の走行でも腰痛にはならなかった。
後席は足を組める広さ
今回は、大人3人での試乗となった。身長172センチのドライバーが運転席に座っても、2.9メートルを超えるホイールベースの恩恵で、後席のドライバーはひざ前にこぶし四つくらいのスペースが確保される。つまり、後席で足が組める。これは、明らかにテスラのモデル3より広い。床は真ったいらなので、左右の座席への移動が簡単だ。5人乗車でも後席真ん中の乗員に不満は少ないだろう。
高速でも高い走行安定性だが、車線保持機能の精度はいま一つ
御殿場から新東名に入り、時速120キロ区間を走らせる。乗り心地は滑らかで、平穏さは変わらなかった。床下にバッテリーを敷く効果で重心は低く、高速でもどっしりと安定している。
ここで、ハンドルの左側スポーク(ハンドルの外枠を支える柱)に内蔵されたボタンを押し、前車追従型速度保持機能と車線保持機能を作動させてみる。前車追従型速度保持機能は前車と適度な感覚を保ち問題なかったが、車線保持機能の精度はいま一つだった。緩いカーブでは、ドライバーが介入しないと、車線から外れてしまいそうになる場面が少なくなかった。また、強い西日など逆光の場面では、搭載するカメラが車線をきちんと読み取れないのか、車線保持は同様に心もとなかった。この点については、2月に試乗した韓国ヒョンデの小型SUVコナの前車追従、車線保持機能が、まるで人間が運転しているかのように滑らかだったので、SEALは大いに改善の余地があると感じた。
ハンドリングは後輪駆動車らしい素直なもの
新東名から伊勢湾岸道を経由し、三重県の四日市ジャンクションから伊勢道を南下する。伊勢道は伊勢ICを降り、三重県道32号(伊勢磯部線)を経由して、伊勢市阿児町に抜けた。32号線は伊勢神宮の御神域を通る片側1車線の細い山道だが、SEALはその曲がりくねった道を正確にトレースしていく。前輪が操舵と駆動の両方の役割を持つ前輪駆動車に対し、前輪と後輪で役割が分かれる後輪駆動車は、ハンドル切った際に、フロントが素直に意図した方向に切れ込むのが特徴だが、SEALもまさにこの後輪駆動車らしい特性を示した。
回生ブレーキの効きは弱め
ただ、SEALは回生ブレーキ(モーターの回転抵抗力を制動力として利用するブレーキ。アクセルを緩めると、車のエンジンブレーキのような制動力がかかる)の効きが弱い。可能であれば、回生ブレーキの回生量を調整できるパドルシフトを装備してほしいと思った。ここは、アクセルだけで停止までコントロールできるテスラの方が良いと個人的には思う。
東京から宿まで508キロ走行 航続可能距離は288キロに
往路の充電は東名の海老名SA、新東名の駿河湾沼津SA、長篠設楽原PA、伊勢道多気PAで計4回行った。15時38分に到着した多気PAでは17分間充電し、充電量は58%、航続可能距離は351キロまで回復した。この時点での東京からの走行距離は460.6キロ。伊勢市阿児町安乗の宿には17時4分に到着。東京からの走行距離は508.7キロ。充電量は47%、航続可能距離は288キロとなっていた。
岬の宿は的矢湾を望む絶景の地にあった
阿児町安乗の「岬の宿 磯崎」は的矢湾を望む岬の小高い丘の上にあり、まさに、絶景であった。建物は少し年季が入っていたが、館内も客室も風呂場もとてもきれいに掃除されており、オーナー夫妻の宿への思い入れを感じた。この日は、風呂で一日の汗を流し、部屋から的矢湾に沈む夕日を眺め、地元でとれた伊勢海老に舌鼓を打った。
(稲留正英・編集部)
(②に続く)