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BYD SEAL1000キロ試乗記③ 伊勢志摩地方の絶景リアス海岸を巡る――600キロ超の航続可能距離に見た中国最新EVの実力
中国電気自動車(EV)大手BYDのEVセダンSEALで巡った伊勢志摩地方は、起伏の多い山地が海面下に沈み、複雑な海岸地形を作る「リアス式海岸」で有名だ。今回の1000キロ試乗で宿泊した「岬の宿 磯崎」は、その一つである的矢湾の東に突き出た細い岬の先端にある。眺望が美しくないはずがない。
週刊新潮の表紙を描いた谷内六郎が定宿にした老舗旅館「磯崎」
大正9(1920)年創業の老舗料理旅館の磯崎は、現御主人の磯崎篤さん、女将の裕子さんで4代目。地元でとれる伊勢海老や鮑、魚のほか、冬場は天然のトラフグを食膳に供す。ご主人の篤さんは京都で料理の修行をした。
女将の裕子さんは、「本当にこの景色は当宿の自慢なんです」と語る。週刊新潮の表紙を25年に渡って描き続けた画家の谷内六郎(1921~81年)も磯崎を定宿としたという。館内には、谷内が宿に贈った絵が何点も飾られている。素朴な画風は見る人を和ませる。谷内が温暖なここ伊勢志摩を好んだのも、分かる気がする。
的矢湾と太平洋を同時に望める安乗埼灯台
宿の前の細い路地を歩き、九鬼水軍とゆかりのある安乗神社の脇を抜けると、10分ほどで、安乗崎灯台に到着する。1949年に建て替えられた高さ13メートルのコンクリート製の四角い灯台は、展望台を備える。元々はフランス人技師により明治6(1873)年、木造で建てられた。入場料300円を支払い、展望台に登ると、右手に的矢湾、左手に太平洋が望める。的矢湾は波が穏やかで、時折、のんびりと航行する漁船を眺めていると、時が流れるのを忘れてしまいそうになる。
灯台は、1957年の映画『喜びも悲しみも幾歳月』の撮影現場としても使われた。灯台の入り口には、ロケ時の写真が飾られている。灯台守の夫婦を演じた佐田啓二と高峰秀子が地元の人たちと仲良く記念撮影している。
駐車場と灯台の間には、かなり広い芝生広場があり、ボール遊びや犬の散歩を楽しめる。2020年には広場の一角に「灯台カフェ」がオープンし、的矢湾を眺めながら、地元産の干しいもを使ったスイーツを食べることができる。
全面ガラスルーフは紫外線を効果的にカット
灯台見学後は伊勢志摩のもう一つのリアス式海岸である英虞湾に向かう。SEALの全面ガラスルースは、開放感があり、旅行する際には、周囲の景色が見渡せて良い。クルマの温度計が40度前後を示す真夏の炎天下では確かに暑いが、ガラスは紫外線を遮断する仕様で、日焼けする心配はない。エアコンを全開にすると、すぐに車内は涼しくなる。
灯台からイオン阿児店に向かい、設置の急速充電器で22分充電した後、英虞湾に面する近鉄の賢島駅前の駐車場に着いた。イオンに寄り道しなければ、宿からは30分ほどの旅程だ。駅近くの定期船乗り場から、英虞湾巡りの観光船に乗る。
英虞湾クルーズで真珠養殖のふるさとを巡る
乗船料は大人で1500円。50分かけて、リアス式の湾内の小さな島々の間を巡る。定員70人ほどの小さな船だが、船内はもちろん冷房完備。しかし、景色と天気が良いので、2階の眺望デッキで潮風に当たることにした。
島々は、それぞれ、大きさや起伏が変化に富み、見ていて飽きることがない。スピーカーから流れる船頭さんの解説も、「このホテルは2016年の伊勢志摩サミットでフランスのオランド大統領が滞在しました。今はもうおらんど」と要所要所、軽妙な関西弁で笑いを取る。船は途中、「ミキモト真珠養殖場」と書かれた大きな看板のある平屋の建物の前を航行する。真珠王の御木本幸吉は、海が穏やかでプランクトンが多く、アコヤ貝の養殖に適したこの英虞湾を真珠養殖の地に選んだ。平屋の上、島の中腹には立派な屋敷も見える。ここで、御木本翁は昭和天皇に御進講したという。
60の島々とリアス式海岸を一望できる絶景スポット「横山展望台」
50分の湾内巡りの最後に、船頭さんが、英虞湾が一望できる絶景スポットの「横山展望台」を紹介してくれた。遊覧船乗り場の駐車場からSEALで12分ほどの距離だ。展望台のふもとの駐車場に車を停め、徒歩で山道を20分ほど登る。結構、急な岩の階段なので、スニーカーで行くことをお勧めする。展望台には、山の斜面に張り出した広いウッドデッキと、1階にカフェ、2階に眺望スペースのある「横山展望カフェテラス」がある。あまりに暑いので、展望台に行きついた観光客のほぼ全員がカフェで冷たい飲み物を買い求めていた。私は、500円でフルーツパンチ風のサイダーを買い、一息ついた。
ウッドデッキ、カフェテラスの双方から、60の島々を覆った緑の木々と、その間を縫うように反射する海面のコントラストを見ることができ、まさに、絶景としか言いようがなかった。
帰路は、伊勢神宮内宮の門前町で、葛切りと豆腐料理を堪能し、内宮最寄りのセブンイレブンの急速充電器で充電。夜の10時に東京・杉並に戻った。
2日間の試乗でスムーズな加速、高い静粛性を実感
今回の2日間の伊勢志摩旅行でSEALが走った距離は計1020キロメートル。EVであるが故の不便さは感じることはなかった。むしろ、そのスムーズな加速、高い車内の静粛性、大きな段差もしなやかに吸収する乗り心地の良さ、そして、600キロを超える航続可能距離の長さを確認した旅であった。
BYDは8月5日、6月25日のSEALの販売開始から1カ月で受注台数が300台を超えたと発表した。内訳は後輪駆動モデルが71%、四輪駆動が29%という。ブランドイメージを非常に気にする日本人にSEALがどこまで受け入れられるかは分からない。しかし、BYDオートジャパンの東福寺厚樹社長は6月25日の記者会見で「22年5月に中国国内で販売開始して以来、累計販売台数は世界で23万台を超えている」と説明した。BYDのSEALは世界水準のEVの実力を知るために、日本人が避けては通れない1台であることは強調したい。(稲留正英・編集部)
(終わり)