教養・歴史 書評

ロジックよりストーリー 無関心の克服に地道な対話を 評者・平山賢一

『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』

著者 宇田川元一(経営学者) 日経BP 2420円

 うだがわ・もとかず
 1977年生まれ。立教大学経済学部卒業後、長崎大学経済学部講師・准教授などを経て、埼玉大学経済経営系大学院准教授。著書に『他者と働く』『組織が変わる』などがある。

 冒頭で紹介される新規事業に取り組むA社の事例は、衝撃的である。思わず膝を打ちたくなるケースがちりばめられているだけでなく、多くのビジネスマンが抱く現場の閉塞(へいそく)感が描かれているからである。読者は、思わず「そうなんだよなぁ」と、ため息まじりでうなずくだろう。そのため、本書は、読んで理解を助けるための経営理論書ではなく、共感して歩み始めるための実践的経営書といえよう。

 多くの企業は、業績は安定しているものの、新規事業を生み出せていないため、成長率の低下に甘んじている。「変革は未来から求められるが、私たちは今日の仕事の成果を求められる」ため、そのジレンマからの脱出は容易でない。多くの組織は、今日の仕事に注力するという慣性がはたらくわけだ。経営者が気づいた時には、環境変化への適応力を喪失する「構造的無能化」は、常態化しているだけに質(たち)が悪い。タコツボ化する部門間の壁が、議論の深掘りを拒み、貫徹するという意志と実行力が組織に伴わなくなっているのである。どの組織にもある共通の課題といってよいだろう。

 それでは、この袋小路を抜け出すにはどうしたらよいのか。著者は、地道な対話が必要であると説く。一人ひとりの無関心が積み重なって、組織における分断化が生み出されるならば、この連鎖を断ち切るには、遠回りのように思える対話こそが求められるという発想だ。確かに、われわれは効率性を追求するあまり、ビジネスをロジックで考えて、ストーリーでともされる胸中の情熱を、どこかに置き去りにしてきたのかもしれない。「私と相手は、分断された存在ではなく、地続きの存在としての関係である」という姿勢に立てば、新たな変革のための一歩が踏み出せよう。

 ところで、日本取引所グループは、2028年にかけて、TOPIX(東証株価指数)の組み入れ銘柄を約2100銘柄から1200銘柄まで絞ると発表した。時価総額が低位にとどまる900銘柄程度が除外されるだけに、真の企業変革は喫緊の課題でもある。機関投資家も、今日のためではなく、明日のための一歩を踏み出す企業と伴走できるように、自らの姿勢を正しつつ企業と真摯(しんし)に対話していくべきだろう。

 また、この対話の重要性は、企業などにとどまらず、分断された国際社会にも通底するはず。それだけに、経営者やビジネスマンだけでなく、各国のリーダーたちにも読んでほしい一書である。

(平山賢一・東京海上アセットマネジメント チーフストラテジスト)


週刊エコノミスト2024年9月10日号掲載

『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』 評者・平山賢一

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