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教養・歴史 書評

軍事利用・国力誇示・ビジネスの宇宙3分野における最新報告 評者・池内了

『宇宙の地政学』

著者 倉澤治雄(科学ジャーナリスト) ちくま新書 1012円

 くらさわ・はるお
 1952年生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。フランス国立ボルドー大学第3課程博士号取得(物理化学専攻)。日本テレビ北京支局長などを経て独立、科学ジャーナリストに。著書に『原発爆発』など。

 地球の大気圏外の人工衛星が飛び交う空間を、英語では単純に「スペース」だが、日本では「宇宙」と呼ぶ。本書は、この宇宙の「地政学」、つまり各国で進められている「宇宙開発」の最新報告である。

 人工衛星を打ち上げるためには、強力なロケットが必要で、それを可能にする高い科学技術力と資金力と人材力が不可欠で、国家が開発を主導してきた。旧ソ連に宇宙開発で後れを取った米国は、月に人間を送る「アポロ計画」を成功させて覇権を獲得した。以来、ロシアは凋落(ちょうらく)する一方、米国は宇宙開発の最先進国として世界をリードしている。しかし今や中国が覇権を競うほどに成長してきた。そのような世界情勢の中、宇宙開発には三つの目的がある。

 一つは宇宙空間の軍事利用で、これまで世界で5000基を超えるスパイ衛星が打ち上げられ、早期警戒衛星、キラー衛星やストーカー衛星、通信傍受の電子情報収集衛星など、次々と新たな軍事衛星が打ち上げられてきた。しかし軍事機密が多く、本書でも詳細についての記述は少ない。むしろ、我々も知らない方がいいのかもしれない。

 もう一つは、宇宙探査の技術力を誇示して国家の威信を示すことである。世界の耳目を引きつけやすい月探査が目下のターゲットで、月の裏側の踏査、サンプルリターン、月の水の争奪、月面基地、有人月面探査など、米国の「アルテミス計画」と中国の「嫦娥(じょうが)計画」が先陣争いを演じている。日本は小型月着陸実証機「SLIM」を打ち上げ、着地精度55メートルの記録を打ち立てた。各国の次の目標は火星探査で、先行する米国を追って中国が2021年に火星軟着陸とローバー(惑星探査車)放出を成功させた。

 三つ目が、ここ10年ばかりの間で急成長した宇宙ビジネスである。世界一の大富豪イーロン・マスクはさまざまな事業に手を出しているが、宇宙にも熱心でベンチャー企業「スペースX」を立ち上げた。巨大ロケット・ファルコン9を成功させ、計画では小型人工衛星を1万2000基も打ち上げ、星座のように展開して遅延のないネットワークを構築する構想である。現実に、これまで既に6033基を打ち上げており、約70カ国にサービスをして成功している。アマゾンの創始者ジェフ・ベゾスは、富豪向け宇宙ツアーに挑戦中だ。

 本書はこの3目的を支える世界の宇宙開発の進展に加え、負けじとがんばる日本の現状をまとめている。歴史にも触れつつ最近の進展ぶりが詳しく整理されており役に立つ。

(池内了・総合研究大学院大学名誉教授)


週刊エコノミスト2024年10月8日号掲載

『宇宙の地政学』 評者・池内了

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