国際・政治 東奔政走

ともに目指すは「穏健な保守」 石破、野田両氏の対決が始まった 与良正男

自民党総裁に選ばれ、立ち上がって手を振る石破茂氏。安倍路線をどこまで転換できるか
自民党総裁に選ばれ、立ち上がって手を振る石破茂氏。安倍路線をどこまで転換できるか

 石破茂内閣がスタートした。史上最多の9人が立候補した自民党総裁選は、落ち着くところに落ち着いたとみていいだろう。

 もちろん、派閥パーティーをめぐる裏金事件などで失墜した自民党への信頼が、これで直ちに回復するわけではない。加えて、岸田文雄前首相が「何をしたいのか分からない」と批判されただけに、石破氏は早急に目に見える形で実績が求められるに違いない。

 そんな中で、石破氏は臨時国会での一定の審議を経た後、10月中に衆院の解散に踏み切る見通しだ。こちらも落ち着くところに落ち着いた立憲民主党の野田佳彦・新代表との政権をかけた戦いは、すでに始まっている。

対米従属からの脱却

 総裁選の結果を改めて振り返っておこう。やはり注目すべきは、1回目の投票で、安倍晋三元首相の後継者を自認する高市早苗氏が議員票、党員票ともに石破氏を上回ってトップとなった点だ。「安倍路線」の信奉者が今も多いことを如実に物語ったからである。

 決選投票では菅義偉元首相や岸田氏のグループの多くが、石破氏支持に回っただけでなく、「高市氏ではタカ派色が強過ぎる」と尻込みした議員が多かったとみられる。とはいっても、ただでさえ党内基盤が脆弱(ぜいじゃく)な石破氏にとっては、「高市票」は無視できない存在となる。

 安倍路線をどこまで転換できるかが課題となる、と言い換えてもいい。例えば石破氏は総裁選では、富裕層に対する金融所得課税の強化に言及した。ただし、この格差解消策は岸田氏も首相就任前に打ち出しながら、自民党内で反発を受けるとたちまち引っ込めた経緯がある。よってこれは、石破氏がどこまで本気か占うリトマス試験紙となる。

「政治とカネ」も同じだ。石破氏は一時、裏金事件に関係した国会議員は選挙で公認しない可能性を示唆していたが、安倍派の議員らから猛反発が出ると、直ちに軌道修正した。これまた今後、手ぬるい対応が続くようだと世論の失望を招く結果となる。

 実は今年1月、私が関わっている勉強会のゲストに石破氏を招いたことがある。「仮に首相になったら何をしたいか」という私の問いに、石破氏は「地方創生だ」と即座に答えた。

 安倍内閣時代、地方創生担当相を務めながら、成果を上げられなかった反省があるのだろう。深刻な人口減少に歯止めをかけるためにも最優先すべき課題だ、と私も共感したものだ。

 同時に、石破氏が「日本は本当に独立国家なのだろうか」と語ったのも強く印象に残った。

 石破氏の憲法改正論には、それが根っこにあるのだろう。以前から北大西洋条約機構(NATO)のアジア版となる安全保障の枠組みを構築するよう提唱し、総裁選では米軍の法的な特権を認めた日米地位協定について「見直しに着手する」と表明している。

 だが、石破氏が師と仰ぐ田中角栄元首相は、石油の安定的確保のために独自の中東外交を進め、米国の警戒感を招いたとされる。最近では旧民主党政権で首相になった鳩山由紀夫氏が「米国から自立」を唱えながら、あえなく頓挫した。米大統領がトランプ氏、ハリス氏のどちらになろうと、石破氏は得意分野とみられている安全保障分野でも、いきなり正念場を迎えるだろう。

両党首選で相互作用

 対する立憲民主はどうか。党内では「石破政権の誕生で衆院選は戦いにくくなった」と戸惑う声が強まっている。石破氏、野田氏ともに目指すのは「穏健な保守」。これでは自民党との違いをアピールできないというわけだ。

 立憲には計算違いがあった。代表選がスタートした直後、枝野幸男元代表を支持していた幹部が、こうぼやいたのを思い出す。

「若い小泉進次郎氏に対抗するなら野田氏しかいない。そんなムードが一気に広がってしまった」

 自民党総裁選では小泉氏が優位だとされていたころだ。野田氏なら、言葉に重みのない小泉氏との違いを見せつけることができるというもくろみである。野田氏自身も、早期の衆院解散を訴える小泉氏を念頭に、「いきなり『信を問え』というのは論戦力のない人の論理だ」と激しく批判していたのも、小泉氏を「仮想敵」と見ていた証拠である。

 ところが、逆に自民党内で広がったのは、「立憲代表に野田氏がなれば小泉氏では太刀打ちできない」と不安視する声だった。これが、小泉氏が失速する大きな要因となったのも確かだ。自民、立憲の党首選びが同時に進んだことがもたらした相互作用である。

 石破氏が穏健さをアピールするほど、強い保守支持層が離れていくのと同じように、野田氏が保守・中道を強調するほど従来、立憲を支持してきたリベラル層が離れていく。そんなジレンマを抱えている点でも共通している。

 しかし、これも日本の政治が変わっていくプロセスなのではないだろうか。白か黒か。敵か味方か。分断をあおるのではなく、似通っているように見える中で、どちらがましかを、有権者は考える……。そんな政治に近づくため、石破、野田両氏の「大人の論戦」に、私は期待している。

(与良正男・毎日新聞客員編集委員)


週刊エコノミスト2024年10月15日・22日合併号掲載

ともに目指すは「穏健な保守」 石破、野田両氏の対決が始まった=与良正男

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