⑭土屋、重度障がい者の訪問介護で「介護難民」に救いの手――給与向上で人材確保、経営の安定化も実現
国連が2015年に採択した、17の目標から成るSDGs(持続可能な開発目標)。世界の企業の間で、社会課題を解決し、持続可能な社会を目指すSDGsやサステナビリティ(持続可能性)の考え方を成長戦略の柱として取り込む動きが広まっている。エコノミストオンラインの連載「SDGs最前線」では日本でSDGsを実践し、実際にビジネスに活かしている企業を取り上げていく。
第14回目は、特に程度が重いと認定された障がい者を対象とする重度訪問介護を手掛ける土屋(岡山県井原市、高浜敏之社長)を取り上げる。同社はALS(筋萎縮性側索硬化症)患者などの介護を手掛ける。同社は創業4年で、約2600人の従業員を抱え、全国47都道府県に126もの事業所を持つ重度訪問介護の最大手に成長した。同社の高浜敏之社長は「重度障がい者に対応できる企業は少ない。サービスを受けたくても受けられない『介護難民』を救いたい」と力を込める。
【土屋が実践する主なSDGsの目標】・目標3(すべての人に健康と福祉を)・目標5(ジェンダー平等を実現しよう)・目標10(人や国の不平等をなくそう)
7割近くの重度障がい者が訪問介護を受けられず
「サービスを受けたくても受けられない重度障がい者がたくさんいる。この深刻な問題を解決したかった」。高浜社長は、グループの「ホームケア土屋」で重度訪問介護を手掛ける理由をこう語る。
重度障がい者とはALSのほか脳性麻痺、脊椎損傷、重度の知的障がいや自閉症などを抱える人たちのこと。介護するには、痰の吸引や「胃ろう」による栄養の注入など特殊なケアや医療関係の資格が必要になることも多い。一般的な介護に比べても重労働で、長時間の労働にもかかわらず報酬が低い傾向にあるため、そもそもヘルパーの確保やサービスの供給が容易ではない。
一方、重度訪問介護の需要は急増している。政府が、2006年に国連で採択された障害者権利条約に基づき、13年に障害者差別解消法を制定。人権保護の観点から、それまで一般的だった重度障がい者の施設への入所が原則、認められなくなったからだ。もともと重度介護者への訪問サービスをする事業者が少ない上、制度改正で需給が一段とひっ迫したというわけだ。
土屋のグループ会社、土屋総合研究所の全国調査によると、重度障がい者の家族らが施設に訪問介護の依頼をした際に66%がサービス見送り、または保留になった。見送りの理由で最も多かったのは「人手不足」で、全体の73.3%に達したという。つまり、重度障がい者の大半はいわゆる「介護難民」になっているのだ。
拡大した収益を職員に還元、年収1000万円超えも
重度訪問介護は、1回8時間連続勤務の常勤ヘルパーが、1日3交代などで24時間のサービスを提供することを前提に制度がつくられている。このうち夜間のサービスは、介護報酬の単価が1.5~2倍に上昇する。医療関連のケアをする場合も、単価が15%程度上昇するため、報酬はほかの介護に比べても全体としてはむしろ高くなることも多い。
難しいとされる介護人材を土屋が確保できたのは、利益を積極的に職員に還元したためだ。同社の従業員(常勤職員)の平均給与の水準は、一般的な介護従事者の平均給与を大幅に上回る。役職者の一部は年収1000万円を超えるといい、他の業界に比べて給与水準が低いとされる介護業界では異例の存在だ。
厚生労働省の試算によると、高齢化が進む中で日本の介護人材は40年度に69万人不足する見通しだ。しかし、待遇が良ければ人は集まる。土屋には今年1~3月に1000人以上の就労希望者の応募があったといい、月200人程度を採用している。
高浜社長は「職員が確保できなければ、重度訪問介護サービスは維持できない」と指摘。「利益をため込むよりも、儲かったお金をできる限り従業員の待遇改善に使った方が有能な職員が確保でき、長期的には会社にとっても利益になる」と強調する。
従業員の7割、管理職の4割が女性
SDGsでは「すべての人に健康と福祉を」「人や国の不平等をなくそう」といった目標を掲げている。深刻な担い手不足に直面する重度訪問介護の課題を解決しようとする土屋の取り組みは、これらに沿ったものだと言えるだろう。ALS患者の家族からは「重度介護訪問の事業所がようやく近くにできて、サービスを受けられるようになった。ヘルパーさんも吸引などの専門ケア技術があるため助かっている」との声があがる。
また、土屋の従業員の7割は女性で、管理職も4割超が女性だ。介護施設の利用者は、気遣いのできる女性職員を歓迎することが多いといい、同社や介護業界は「ジェンダー平等を実現しよう」(SDGsの目標5)の達成にも貢献している面がある。
順調に見える会社経営だが、実は高浜社長には苦い経験がある。学生時代から介護福祉社会運動に興味を持ち、大学卒業後は自立障がい者の介助者、障がい者運動、ホームレス支援活動などに携わったが、資金や人材不足で続けられなかった。この時に同社長は「社会貢献をしようという気持ちがあっても、経済的な裏付けがなくては成功できない」ことを思い知ったという。
その後、高浜社長は介護ベンチャーの立ち上げに参加。「介護する人も介護される人も得をするビジネスを実践することで、持続的に社会貢献できるようになる」ことを学んだ。現在は、そこで立ち上げた重度訪問介護の事業を独立させて、社会貢献と経営の両立に腕をふるう。サービスする人もサービスを受ける人もウィンウィンとなる社会。高浜社長が理想とする重度訪問介護サービスは、持続可能な共生社会を作る上での試金石となるかもしれない。(編集協力 P&Rコンサルティング)
【筆者プロフィール】
加藤俊
かとう・しゅん(株式会社SACCO社長)
企業のSDGsに関する活動やサステナブル(持続可能)な取り組みを紹介するメディア「coki」を展開。2015年より運営会社株式会社Saccoを運営しながら、一般社団法人100年経営研究機構 『百年経営』編集長、社会的養護支援の一般社団法人SHOEHORN 理事を兼務。cokiは「社会の公器」を意味し、対象企業だけでなく、地域社会や取引先などステークホルダー(利害関係者)へのインタビューを通じ、優良企業を発掘、紹介を目指している。