デフレ脱却策として賃上げと過剰な円安政策の停止を提言 評者・服部茂幸
『日本経済の故障箇所』
著者 脇田成(東京都立大学教授) 日本評論社 2420円
わきた・しげる
1961年生まれ。東京大学経済学部卒業後、東京大学助手、東京都立大学経済学部助教授等を経て現職。著書に『日本経済論15講』『賃上げはなぜ必要か』など。
2013年に黒田日銀の異次元緩和が始まった時、デフレ脱却は2年で達成すると言っていたが、政府と日銀はいまだにデフレ脱却宣言ができないままでいる。企業の利益の急増に支えられ、株価は高騰したが実体経済は低迷したままで、賃上げも不十分である。特に消費の停滞が著しい。22年からは輸入物価の高騰で、消費者物価上昇率は2%を超えているが、実質賃金の低下によって消費停滞がさらに進んだ。
本書は日本経済の長期停滞は企業の過剰な貯蓄にあると主張するものである。企業は利益を得ても、海外への投資に向けている。それが内需を停滞させた。さらに、海外投資はインカムゲイン(事業活動など資産保有で得られる収益)で見ると収益率は高いが、多額の資産の評価損を抱え、全体では収益率は極めて低い。評者が統計で確認すると、その通りだが、インカムゲインの収益が高く、円安が進んでいるにもかかわらず、多額の評価損を抱えているのは謎だろう。日銀が異次元緩和を行っても、内部留保を蓄積した企業は、資金を借り入れる必要はなく、借り入れた場合でもその資金は多くが証券投資に向かっているという。
逆に賃金上昇率は生産性上昇率に及ばない。そのことがデフレの原因となると同時に、消費停滞を招いていると指摘する。著者は黒田日銀の本音は円安だと述べるが、22年からの円安や世界的な食料とエネルギーの高騰によって、消費は一層停滞することとなった。緩和を続け、円安を進めることは消費を停滞させ、目標とするデマンド・プルのインフレから遠ざかるという。こうした評価には基本的には同意するが、安倍晋三元首相などはともかく、黒田日銀にとってデフレ脱却が単なるスローガンならば、政府が物価対策を行い、企業が過度の円安を批判するようになっても、金融緩和を続けることはなかったと評者は考えている。
著者が解決策として提案するのが、賃上げ(プラス利子や株式の配当)によって、企業から家計に所得を分配することである。同時に過剰な円安政策をやめることも挙げる。
評者は大学時代、伊東光晴先生から、ケインズは当時の植民地帝国イギリスは金利生活者(レンティア)が海外に多額な投資を行っていることを問題とし、海外投資を国内投資に向けることを考えていたと教わったことを思い出した。著者の問題意識は基本的にこれと同じといえる。
「カブキプレー」という言葉や、漫画原作者・梶原一騎の呪縛といった「蛇足」も面白い。
(服部茂幸・同志社大学教授)
週刊エコノミスト2024年12月3日号掲載
『日本経済の故障箇所』 評者・服部茂幸