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尹錫悦大統領を擁護する韓国保守派の牙城「嶺南地方」の論理 澤田克己

非常戒厳解除を発表する韓国の尹錫悦大統領=2024年12月4日(聯合=共同)
非常戒厳解除を発表する韓国の尹錫悦大統領=2024年12月4日(聯合=共同)

 師走の戒厳令に端を発した韓国政局の混乱は年を越え、さらに混迷を深める様相を見せている。民主主義の定着した先進国になったと自負していただけに、45年ぶりの戒厳令への世論の反発は激しく、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領の弾劾訴追も当然視されている。にもかかわらず与党「国民の力」の主流派は、大統領を擁護するような姿勢を取り続ける。なぜなのだろうか。

朴正熙、全斗煥氏を生んだ地

「国民の力は結局、嶺南(ヨンナム)プラスアルファの党なんだ。私はアルファ」

 2024年12月下旬にソウルで会った与党の元国会議員がぼやいた。4月の総選挙に首都圏の小選挙区から出馬して落選した人だ。淡々とした口調で、知名度の高い穏健派の与党政治家を何人も挙げながら「みんなアルファなんだよ」と続けた。主流派にはなるのは難しい、という自嘲気味の響きが込められていた。

「嶺南」というのは、釜山市や大邱市を含む南東部・慶尚道地方の別称である。軍人出身の朴正熙(パク・チョンヒ)や全斗煥(チョン・ドゥファン)といった歴代大統領を生んだ地で、現在も保守派の固い地盤となっている。国民の力が惨敗した24年総選挙でも、嶺南地方の小選挙区では59勝6敗だった。

 国会(定数300)での与党議席は108。このうち90人が小選挙区選出なのだが、3分の2が嶺南地方ということになる。韓国の人口は約半分が首都圏に集中しているのだが、党内では嶺南地方の声が圧倒的に強くなる。

熱心な支持者から反発を買いたくない

 嶺南地方選出の与党の中堅議員に話を聞くと、ソウルより逆風は弱いものの「地元でも戒厳令に賛成する人などいないし、大統領は弾劾されるべきだという人が圧倒的に多い」と話す。ただし、与党支持者に限ると「弾劾反対」という人が圧倒的になるのだという。「与党支持者の考えが世論とかけ離れている」と困惑した表情を見せた。

「尹錫悦(大統領)を逮捕せよ!」などと叫ぶ韓国市民ら=ソウル市竜山区で2024年12月22日、福岡静哉撮影
「尹錫悦(大統領)を逮捕せよ!」などと叫ぶ韓国市民ら=ソウル市竜山区で2024年12月22日、福岡静哉撮影

 こうした傾向は世論調査からも読み取れる。国会で大統領弾劾訴追が決まる直前に実施された韓国ギャラップ社の調査では、弾劾に賛成が75%で、戒厳令発令は内乱に当たるという人が71%だった。だが与党支持者に限れば、弾劾には反対が66%、内乱ではないという人が68%に達したのだ。与党の支持率自体が急落したこともあり、党内の強硬な意見がより目立つ結果となったようだ。

 野党関係者は「弾劾賛成を公言した嶺南選出の与党若手議員が地元で『裏切り者』扱いされて大変な目にあっている」と語る。前述の中堅議員も「この時代に戒厳令なんてありえない話だ」と批判的なのだが、一方で「穏健な考えの人はわざわざデモをしたり、声高に意見を言ったりしない。ソウル都心での弾劾反対集会に自腹を切って地方から参加するような過激な人の方が目立つし、彼らは党の熱心な支持者だから気を使わざるをえない」と苦しげだ。

 韓国の国会は解散がなく、次の選挙は28年4月だ。それまで3年ほどあるから、世論の逆風もその時まで続くとは考えづらい。それに、嶺南地方は保守派の牙城だから公認さえ取れれば当選する確率が高い。ならば今は熱心な支持者から反発を買わないことを優先させようという議員心理が働いていると指摘される。

 捜査の進展などで新たな事実が次々と明らかになっており、それに応じて与党内の空気が変わっていく可能性はある。ただ過激な支持者の動向に引きずられる状況は、少なくとも当面は続きそうだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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