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最初の弾劾訴追案が批判を受け韓国・民主党があわてて行った“内容変更” 澤田克己

2回目の弾劾訴追案は可決された(尹錫悦大統領の弾劾訴追案採決のため開かれた国会本会議)=2024年12月14日、ソウル(共同)
2回目の弾劾訴追案は可決された(尹錫悦大統領の弾劾訴追案採決のため開かれた国会本会議)=2024年12月14日、ソウル(共同)

 韓国の最大野党「共に民主党」が、▽米韓同盟を固く支持▽日韓の友好協力を未来志向で▽日米韓協力も重要だ――と表明した。12月14日に可決された尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する2回目の弾劾訴追案を提案した際のことだ。不成立に終わった最初の訴追案に外交政策への批判を盛り込んで問題視されたことを受け、「党の立場」を示したのだという。問題の文言を2回目の訴追案から削除したことと合わせ、どのように説明しているのかを紹介する。

外交政策は弾劾理由にならない

 最初の案に入っていた問題の箇所は、次のような内容だった。

「いわゆる価値外交という美名のもと、地政学的バランスを度外視したまま、北朝鮮と中国、ロシアを敵対視するとともに、日本中心の奇異な外交政策に固執し、日本に傾倒した人物を政府の要職に任命するなどの政策を展開することで、北東アジアで孤立を招き、戦争の危機を引き起こし、国家安全保障と国民保護義務を放棄してきた」

 これに対し、国内外の専門家から「政策は弾劾理由にならない」という当然の批判が出されるとともに、現実離れした情勢認識だという懸念が示された。2回目の案では外交政策に関する記述が全て削除され、本会議に上程された後、民主党国際委員長を務める姜仙祐(カン・ソヌ)議員がフェイスブックに「民主党は堅固な韓米同盟とともに、尹錫悦の内乱という事態を速やかに収拾していきます」と題した説明文を投稿した。韓国では近年、公式な立場をフェイスブックで公表することが珍しくない。

 訴追案は野党6党の共同提案となっている。姜氏は、問題となった外交政策の記述について「尹政権の外交の問題を指摘しようとした他の野党の意見をまとめる過程で入った」と説明した。批判されたことを受け、李在明(イ・ジェミョン)代表が、該当箇所を削除するとともに、「外交安保問題に対する党の立場をきちんと明らかにする」ことを指示したという。

この人の言動に注目が集まる(最大野党・共に民主党の李在明代表)=ソウルで2024年12月7日、日下部元美撮影
この人の言動に注目が集まる(最大野党・共に民主党の李在明代表)=ソウルで2024年12月7日、日下部元美撮影

 そして姜氏が表明した立場が、次のような内容だ。

「民主党は、大韓民国の繁栄と東アジアの平和に核心的な役割を果たしてきた韓米同盟の重要性を誰よりもよく知っており、固く支持します。韓日友好協力関係もまた、発展的かつ未来志向的に進めていきます。 北朝鮮の非核化と韓半島の平和定着、そして韓半島統一追求のための韓米日協力関係も重要です」

 米国との同盟は、日本と同じように韓国の安保政策の基本だ。米国に「物申す」姿勢を見せることもあるが、進歩派の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権でもイラクへの大規模派兵に応じるなど対米協力はしてきた。それだけに、今回も米国から疑念を持たれてはまずいと考えたのだろう。「民主党国際委員長」と役職を明記した姜氏の投稿には、英訳が付けられていた。

李在明氏の言動をきちんとウオッチすべき

 最初の訴追案は12月4日夕方に発表された。尹氏が非常戒厳を宣言したのが3日午後10時半ごろで、国会での解除要求決議可決が4日午前1時ごろ、尹氏が解除に応じたのが同4時半ごろだ。時代錯誤の戒厳令に憤り、国会に乱入してきた軍と対峙した興奮が冷めやらぬ状態で文案が作られたことは確かだ。とにかく雑多な主張を詰め込んだと言われればその通りで、2回目の訴追案では外交以外にも多くの要素が切り落とされた。時間をかけて冷静に読み返すと「弾劾とは無関係」な要素が多かったということだろう。

 では対日外交を問題視した他の野党とは、どこだろうか。政界関係者は「祖国革新党だろう」と話す。文在寅(ムン・ジェイン)前大統領の側近だった曺国(チョ・グク)元法相が4月の総選挙を前に立ち上げた新党だ。12議席の小政党だが、民主党と与党・国民の力に続く第3勢力である。野党6党とは言っても、民主党と祖国革新党以外は3議席と1議席の党がそれぞれ2つなのである。ちなみに有力な大統領候補になりうると考えられてきた曺氏は訴追案可決の直前、子供の入試不正事件での実刑判決が確定したため失職し、5年間の公民権停止となった。

 本当は民主党主導だったのに「他党の持ってきた文案だった」と説明したら、責任を押し付けられた党が黙っていないだろうから、その釈明は信じていいのだろう。だが極度の興奮と混乱の中にあったという事情を勘案しても、外交政策批判を弾劾訴追案に盛り込むことに同意した民主党の認識が厳しく問われることは避けられない。次の大統領選で政権奪取を狙おうという政党であれば、なおさらだ。ただ、問題の部分を削除すべきだと李氏が判断したことも無視はできない。日本では李氏に対する不信感が強いが、だからこそ言動はきちんと見ていく必要があるだろう。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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