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韓国・尹錫悦大統領「夫人の疑惑」謝罪会見のシラケ具合 澤田克己

記者会見で頭を下げる尹錫悦大統領=2024年11月7日、ソウル・共同
記者会見で頭を下げる尹錫悦大統領=2024年11月7日、ソウル・共同

 脱力感に襲われた――。韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領による11月7日の記者会見を見ての率直な感想である。さまざまな疑惑によって国民から不信の目を向けられる金建希(キム・ゴンヒ)夫人をかばい、世論を鎮めようと頭は下げたものの、結局は自らの非を認めたくないんだなという印象しか受けなかったからだ。低迷する支持率反転の機会にという当初の思惑は空振りに終わった。

「夫人に頭が上がらない」

 日本メディアでも報じられた通り、尹氏は「私の周囲のことで国民に心配をおかけした。おわびする」と語るとともに、深く腰を折って謝罪した。「周囲」とは妻のことだ。どんな内容であれ、尹氏が明確な謝罪の言葉を口にしたのは2年半前に就任してから初めてだった。

 ただ、YouTubeで中継を見ていた筆者はその前段で既に白けていた。カメラの前で話し始めた尹氏は時候のあいさつに続けて、まず「大統領はいつも心配ばかりしているポストだ。暑い時は暑くて心配になり、寒くなれば寒さがまた心配だ。景気が悪ければ商売をされる方たちが心配だし、景気が良くなっても物価が上がらないかという心配が先に立つ。365日、24時間、心配して気をもみながら、国民生活をよくすることが、大統領の肩にのしかかる責務だという思いにとらわれる」と話したのだ。

 率直に言って、何を話しているのだろうかと思った。そんな話をする時ではないだろうに、ということだ。

 夫人を巡る疑惑は多すぎて列挙できないのだが、いま最も関心を持たれているのは政権発足直後にあった国会議員補選の公認候補選びへの口利きだ。知人の政治ブローカーに頼まれた元議員を推し、公認を取らせたとされる。その際、尹氏がなんらかの形で介在した可能性も指摘されている。

G7広島サミット出席のため広島空港に到着した韓国の尹錫悦大統領(左)と金建希夫人=2023年5月19日、外務省提供
G7広島サミット出席のため広島空港に到着した韓国の尹錫悦大統領(左)と金建希夫人=2023年5月19日、外務省提供

 1987年の民主化以前に横行した官権選挙への反省から、韓国の公選法は大統領や閣僚らの選挙関与を禁じている。国会議長を経験したベテラン政治家は筆者に「米国では大統領が選挙応援をするのに、韓国は厳格すぎる」とこぼしたが、一般には当然視される。選挙の公認に大統領夫妻が介入したというのは、法的な問題をクリアできたとしても、世論的には完全にアウトとなる。

 夫人には、株価操縦事件に資金提供者として関与した疑惑も指摘されている。そして、疑惑そのものより問題なのは、きちんとした説明がなされていないことだ。釈明に釈明を重ねてきたこともあって、尹氏夫妻の信頼度は地に落ちている。部外者からは妥当に見える説明をしても、もはや韓国世論を納得させるのは難しいのではないかと思わせるほどだ。

 検事時代の尹氏を取材し、夫人もよく知る韓国紙の記者は1カ月ほど前に会った際、「信頼を取り戻すために必要なことは明確だ。検察でも、特別検察官でも構わないから、司法プロセスに任せるしかない。でも尹氏は夫人に頭が上がらないからねぇ」と話していた。まぁ、そんな感じなのである。

「陸女史」まで持ち出して…

 2時間20分におよんだ記者会見への反応は散々だった。尹氏を支持する論調を展開してきた保守紙・朝鮮日報の社説は一定の理解を示したものの、同じ保守系の新聞でも中央日報の社説は「『とにかく謝る』しか記憶に残らない尹大統領の記者会見」、東亜日報の社説は「『とにかく謝る』『陸女史も』…当惑させられた140分の会見」と手厳しかった。

「陸女史」というのは、朴正熙(パク・チョンヒ)元大統領の妻、陸英修(ユク・ヨンス)夫人のことだ。独裁者だった夫に庶民の不満などを伝える「家庭内野党」の役割を果たしたとされ、「国母」と慕われた。尹氏が自らを支える夫人の献身ぶりを強調しようと陸氏の名前を持ち出したことで、「陸氏は、庶民生活に目を配れと夫に進言した。与党の公認候補を誰にしろなどと言ったことはない」(進歩派の記者)という批判が噴き出したのだ。

 記者の質問をさえぎって話し始めたり、司会を務めた報道官に向かって「あと1問程度にしよう。のどが痛くなってきた」とぞんざいな言葉で語ったりという、記者会見での尹氏の態度も批判された。

 世論調査会社・リアルメーターが直後に実施した世論調査では、大統領の記者会見に「共感する」と答えたのは27.3%、「共感しない」が69.8%だった。深刻なのは、保守政党の伝統的支持基盤である慶尚北道地域ですら「共感」が45.6%で、「共感せず」の52.2%を下回ったことだ。

 韓国ギャラップ社が11月15日に発表した世論調査では、大統領支持率が記者会見前の調査だった前週に比べて3ポイント増の20%となった。記者会見への失望から支持率がさらに下がるという最悪の事態は免れたものの、とても反転攻勢などという状況にはなっていない。結局、まだしばらくは混迷した状況が続くことになりそうだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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