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韓国・歴史認識の「親日派攻撃」は与野党対立の政争の具なのか 澤田克己

尹錫悦大統領の対日外交は「弱腰」と非難されるが……(閣議で発言する尹大統領)=2024年10月15日、聯合ニュース・共同
尹錫悦大統領の対日外交は「弱腰」と非難されるが……(閣議で発言する尹大統領)=2024年10月15日、聯合ニュース・共同

 韓国内の激しい与野党対立の中で、日本が政争の具として使われる場面が目立つようになっている。パターンは二つだ。尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の対日外交を「弱腰」「屈辱的」と非難するものと、植民地支配にからむ保守派と進歩派の歴史認識を巡るバトルに日本が必然的に出てくるというものだ。前者についてはこれまでも書いてきたが、今回は後者について考えてみたい。

「ニューライト」の登場

 まず確認しておきたいのは、基本的に韓国内の争いだということだ。日本の植民地支配に協力した勢力を指す「親日派」、そして後継勢力と反対派がみなす現在の保守派への攻撃となりがちなのだが、この場合に現在の日本が意識されるわけではない。分かりやすいのが「8月15日」の性格を巡る争いだ。

 保守派と進歩派の対立は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権期(2003~08年)に激しくなり始め、その後、どんどん分極化が進んでいる(「反対政党は大嫌い…」韓国の政治・社会はなぜここまで「分極化」するのか=2023年12月23日掲載を参照)。その中で、植民地時代を全否定する従来の歴史観に異議を申し立てる「ニューライト(新保守)」と呼ばれる政治運動が始まった。

 彼らは、李明博(イ・ミョンバク)政権(2008~13年)発足初年の8月15日を従来の「光復節」ではなく「建国節」として祝うよう主張した。植民地支配からの解放を祝うのが「光復」だが、1948年8月15日の建国から60年となるのを機に独立後の発展を重視した「建国」に変えようというのだった。

ラオス・ビエンチャンで会談する韓国の尹錫悦大統領(右側)と石破茂首相=2024年10月10日、代表撮影・共同
ラオス・ビエンチャンで会談する韓国の尹錫悦大統領(右側)と石破茂首相=2024年10月10日、代表撮影・共同

 李大統領も「建国」に重きを置く式典にする意向を示したため、独立運動参加者や遺族らで作る光復会が「独立運動の歴史や臨時政府の正統性を否定するものだ」と反発した。野党だった進歩派政党が、これに同調した。

 臨時政府は、1919年の3・1独立運動の後に上海で設立された亡命政府だ。国際的な承認は得られなかったが、韓国の憲法には「臨時政府の法統」を継承するという表現が盛り込まれている。「建国節」への変更に現実味は乏しいのだが、進歩派は現在も保守派への攻撃材料として使っている。

独立記念館・新館長発言で揺れる国会

 今年の光復節を前に騒ぎとなったのが、独立運動に関する資料などを展示する独立紀念館の館長人事だ。光復会などが「ニューライトの人物だ」と反発し、8月15日の政府主催式典をボイコットして独自集会を開いた。最も大切な記念日といえる日の式典の分裂開催は前代未聞だったが、進歩派野党の幹部はこぞって光復会の集会に出席した。

 新館長は、植民地時代の朝鮮人は法的に日本国籍だったという趣旨の発言をしたと非難されていた。国を奪われていたのだから、不本意であっても日本国籍とされるしかなかったという論理なのだが、光復会は「植民地支配の正当化」だと問題視した。日韓併合は不法なもので、当初から無効だったという韓国の基本的立場と相容れないという主張だ。

市民の関心は薄い……(ソウル市内の市場で生鮮食品を買う客たち)=2024年9月13日 Bloomberg
市民の関心は薄い……(ソウル市内の市場で生鮮食品を買う客たち)=2024年9月13日 Bloomberg

 進歩派の最大野党・共に民主党はこれを受けて、「親日・反民族行為」を美化・正当化した者は公職に任命できないようにするという法案を議員立法で提出した。韓国メディアによると、民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表は「新親日派清算! ニューライト拒否!」を訴えるSNSでの運動に参加し、「尹政権が繰り返し歴史の前進に逆らい、誇らしい我が国の歴史を『親日』で上塗りしている」と主張した。

 同月下旬には、雇用労働相に指名された金文洙(キム・ムンス)・元京畿道知事が国会での人事聴聞会で追及された。以前から建国は1948年だと公言しており、過激な発言で知られる政治家だ。聴聞会では「国がつぶれたのに(韓国の)国籍があったのか」と反論し、当時の先祖の国籍は「日本だった」と答弁した。金氏は閣僚就任後も同様の答弁を続け、国会審議が荒れている。

世論は盛り上がらず

 ただし韓国世論が盛り上がっているかと言われると、かなり疑問である。政界では騒ぎになっているし、進歩派のメディアはそれなりに報道しているのだが、どこか空回りという印象だ。

 とはいえ、ネットを通じて情報がそのまま日本にも流れてくる時代だ。こうした情報は「次の政権が進歩派になったら日韓関係も悪くなるのでは」という不安にもつながる。そうした点は韓国政界でどれくらい意識されているのだろうか。9月末から10月頭にかけてソウルへ行く機会があったので、与野党の重鎮を含めて多くの人に疑問をぶつけてみた。

 結果は、想像した通りだった。与野党どちらの関係者も「親日派論争に現在の日本は関係ない」と口をそろえる。熱心に親日派攻撃をしている当事者たちではないという事情もあったろうが、世論に大きな関心を持たれていないという認識も共有されていた。

 文政権で要職を務め、現在は非主流派となっている野党の重鎮は「金氏が国会で『国籍発言』をしても、世間は大騒ぎしない。国会の過半数を握っている民主党が提出した公職への任命うんぬんという法案も、実際に可決されると考える人などいない。そもそも審議すらされないだろう」と話す。尹大統領に近いとされる与党のベテラン政治家も「親日派だという攻撃は世論受けしなくなっている」という見方を示した。

 日本で「反日的」と見られることのある民主党の李代表についても「実用主義者だ。自分の得にならないと思えば、反日などすぐに引っ込める。選挙でメリットがあるとは思えないし」という人ばかりだった。日本側には「そう言われても…」という反応が多いのだが、韓国をよく知る専門家が漏らした「韓国の人は楽天的だから」という言葉が妙に腹落ちした。日本のように先読みして心配するような態度は韓国で好まれない。これもまた、どちらがいいとも言いがたい感覚の違いなのだが、無視できないものだろう。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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