国際・政治 日韓関係

佐渡島の金山・世界遺産登録で韓国に対し日本が行った「ギリギリの対応」とは 澤田克己

「佐渡金山」の世界文化遺産登録を祝ってくす玉を割る佐渡市の関係者=新潟県佐渡市相川三町目浜町で2024年7月27日、中津川甫撮影
「佐渡金山」の世界文化遺産登録を祝ってくす玉を割る佐渡市の関係者=新潟県佐渡市相川三町目浜町で2024年7月27日、中津川甫撮影

 7月下旬にインドで開かれた世界遺産委員会で、「佐渡島(さど)の金山」の世界文化遺産への登録が決まった。当初の申請内容は江戸時代に限定したものだったが、韓国の反発を受け、朝鮮半島出身の徴用工を含む「全体の歴史」の展示を事前に準備することで登録にこぎ着けた。その展示内容とともに、対立の原点とも言える2015年に世界文化遺産に登録された「明治日本の産業文化遺産」を紹介する産業遺産情報センター(東京)の展示の変化について紹介したい。

「強制労働」の言葉は入らず

 今回は、佐渡鉱山の歴史や技術を紹介する相川郷土博物館に朝鮮人労働者に関する展示スペースが新たに設けられた。そこでは、▽危険な坑内作業に従事した人数は朝鮮人の方が日本人より多かった、▽朝鮮半島からの動員には「募集」形態とされた当初から朝鮮総督府が関与していた、▽逃げて捕まった朝鮮人徴用工が刑務所に入れられたことをうかがえる記録もある――ことなどが紹介されている。

 当初の申請は江戸期に限定するものだったため、韓国政府は「朝鮮人強制労働の歴史を隠そうとしている」と反発してきた。事前に審査した専門家の諮問機関も韓国の反発を念頭に「全体の歴史」を展示するよう求め、日本側がこれに応じた。ただ日本政府はこれまでも「強制労働」という用語の使用は拒んできており、今回も使われなかった。

韓国国民は佐渡島の金山の世界遺産登録をどう受け止めるのか(写真はソウル市内の漢江公園)=2024年6月1日 Bloomberg
韓国国民は佐渡島の金山の世界遺産登録をどう受け止めるのか(写真はソウル市内の漢江公園)=2024年6月1日 Bloomberg

 ただ「徴用」というのはそもそも、国家が人々を強制的に働かせるものだ。日本が「強制労働に当たらない」と主張するのは、戦争などの「緊急の場合」は強制労働条約の対象外とされているからにすぎない。働かされた側にとっては同じことである。国際労働機関(ILO)の専門家委員会が2003年、日本による戦時中の中韓などからの強制的な動員について強制労働条約違反だという判断を示してもいる。専門家委員会の判断は法的拘束力を持たないものの、一定の権威を有するものだ。

 韓国政府は今回、実質的に強制だったことを読み取れる展示がされたとして受け入れた。日本からこれ以上を引き出すのは難しいという現実的判断の下、登録前に実際の展示を確認した結果だった。だが野党やメディアからは、「強制労働」という言葉が入らなかったことに強い不満が出ている。韓国政府関係者は「世論の関心が高いとは言えないように感じるが、政権攻撃の材料として使われるのは避けられないだろう」とため息をついた。

「明治日本の産業文化遺産」で煮え湯を飲まされた

 韓国政府が実際の展示を確認することにこだわったのは、「明治日本の産業文化遺産」で煮え湯を飲まされたからだ。日本政府は登録時の世界遺産委員会で「(1940年代に)厳しい環境の下で働かされた多くの朝鮮半島出身者等がいた」ことを認め、徴用政策について理解できるような展示をすると約束した。その際、「犠牲者を記憶にとどめるために適切な措置」を取るとも表明した。

 だが20年に開館した産業遺産情報センターの展示は、韓国外務省が「約束がまったく履行されていない」という抗議声明を出すレベルのものだった。

 筆者の取材に日本外務省当局者は当時、「約束を破ったと言われないギリギリはした」と話した。その内容は、国民徴用令などの公文書について簡単に説明したパネル1枚と、関連資料を収めた情報端末1台が資料室にある程度だった。

 外務省はホームページで「犠牲者」には日本人を含むと説明していたが、厳しい労働環境下で命を落とした労働者への言及は出身地を問わず見当たらなかった。資料室で一番目立ったのは、端島炭鉱では朝鮮人差別などなかったという在日韓国人2世の証言を紹介する写真付きの大きなパネルだった。ただ、父親が長く端島で働いたため子供時代に住んでいたという証言者の立場や在住時期は、戦争末期の徴用工が置かれた厳しい状況とは無関係なものだった。

日本は約束を守っていない

 センターの展示は翌21年の世界遺産委員会で問題とされ、日本が約束を守っていないことに「強い遺憾」を表明する決議が採択された。専門家の視察結果を受けた判断で、日本は対応を迫られることになった。

佐渡金山展示資料館に展示されている金鉱石=佐渡市で2021年12月4日、露木陽介撮影
佐渡金山展示資料館に展示されている金鉱石=佐渡市で2021年12月4日、露木陽介撮影

 そして資料室の入り口近くに40インチほどの大きさのタッチスクリーンが追加で設置され、戦時徴用に関する年表や関連資料を見ることができるようになった。以前の端末よりは目立つ位置になり、筆者の感覚では内容も見やすくなったように思う。

 別のタッチスクリーンは「犠牲者を記憶にとどめる」と題していた。当時の保安日誌などに基づいて端島炭鉱で起きた事故や日常の安全対策について紹介しつつ、41年9月から45年8月に端島炭鉱で起きた事故は33件であり、死者の内訳は日本人25人、朝鮮人15人、その他4人と推定されると記した。さらに炭鉱はもともと危険な職場であると釈明しつつ、端島炭鉱では100年足らずの操業期間中に215人が犠牲になったと紹介し、「犠牲者を記憶にとどめる」という文字が流れる。

 そして書棚には、23年5月に訪韓した岸田文雄首相が徴用工問題を念頭に語った「厳しい環境のもとで多数の方々が大変苦しい、そして悲しい思いをされたことに心が痛む思い」という言葉が、まるで賞状のような額装をされて置かれていた。韓国側から強い反発が出た在日韓国人2世の証言は地味なパネルに変わり、資料室に入ってすぐの目立つ場所から奥の方へと移った。

 ただ端島での朝鮮人差別を否定する証言パネルは依然として残っており、炭鉱の保安日誌に関する説明では「きめ細かい安全管理をしていた」ことが強調されてもいる。展示内容の変更が本意ではないと容易にうかがえるものの、今度こそ「約束を破ったと言われないギリギリ」はやったということなのだろう。少なくとも「あるべき展示がない」とは言われないという水準ということのようだ。

 外務省幹部に新たな展示内容について話すと、「最初からそれくらいやっておけばよかったんだよね。そうすれば佐渡金山でこんなに苦労することなんかなかったと思うよ」という、自省ともつかぬ感想が返ってきた。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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