国際・政治 韓国政治

朝露接近に韓国・進歩系紙の「尹政権の価値外交批判」には違和感 澤田克己

包括的戦略パートナーシップ条約に署名し握手するロシアのプーチン大統領(左)と北朝鮮の金正恩総書記=6月19日、平壌(朝鮮中央通信=共同)
包括的戦略パートナーシップ条約に署名し握手するロシアのプーチン大統領(左)と北朝鮮の金正恩総書記=6月19日、平壌(朝鮮中央通信=共同)

 来日した韓国の保守派政治学者から「ロシアと北朝鮮の同盟関係復元を日本はどう見ているのか。韓国は大騒ぎなのだが」と聞かれた。韓国の保守派は「ロシアは北朝鮮の核保有を認める戦略的転換に踏み切った」と受け取り、ロシアへの反発を強めている。ただ一方で、進歩派の野党やメディアからは尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の外交姿勢への批判が目立つ。これも、韓国社会で深刻化する政治的分極化の表われと言えるのだろう。

北東アジア安保情勢の悪化

 ロシアのプーチン大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記が6月19日に署名した「包括的戦略パートナーシップ条約」には、どちらかが侵攻されて戦争状態になった場合にもう一方が軍事的援助を提供するという条項が入った。1961年に締結され、冷戦終結後に失効したソ連と北朝鮮の同盟条約と基本的に同じ内容だ。

 旧条約になかった「国連憲章51条と国内法に準じて」という文言が入っており、「自動介入条項」と呼ばれる旧条約の条文と同じ効力を持つか不透明な点は残る。それでも、プーチン氏が北朝鮮への軍事技術供与にも前向きな姿勢を示していることを考えれば、北東アジアの安保情勢を悪化させることは間違いない。

 前述の政治学者は「ロシアはパンドラの箱を開けた。アジアの軍事バランスも完全に崩れてしまった」と危機感を示した。6月20日付の保守系有力紙「朝鮮日報」は社説で「北の砲弾をもらおうと韓国に敵対するロシア、代価を支払わさせねば」と反発した。

韓国は日米と関係を強化(米メリーランド州キャンプ・デービッドで開かれた日米韓首脳会談)=2023年8月18日 Bloomberg
韓国は日米と関係を強化(米メリーランド州キャンプ・デービッドで開かれた日米韓首脳会談)=2023年8月18日 Bloomberg

 韓国政府は条約締結に「重大な懸念を表明し、糾弾する」という政府声明を発表するとともに、ウクライナへの武器供与を示唆した。実際に踏み切るのは簡単ではないものの、政府高官が韓国メディアの取材に「高度な精密兵器を北朝鮮に与えるなら一線を越えることになる」と述べてロシアをけん制している。

文在寅政権も対露制裁に加わった

 とはいえ、こうした危機意識が党派を超えて共有されているとは言いがたい。進歩派の最大野党・共に民主党の報道官は首脳会談のあった6月19日に、「極端な価値外交を標ぼうしてロシア、中国などと距離を置いてきた尹錫悦政権の外交が招いた結果だ」と批判した。

 率直に言って筆者が驚かされたのは、翌日の進歩系紙「ハンギョレ新聞」が掲げた「朝露の結束を呼び寄せた尹政権、対外政策を全面再検討せねば」という社説だった。こうした危機的状況を迎えたことには「政府(尹政権)がこの間に進めてきた偏った『価値外交』が大きな役割をしたのは否定できない」と断じたのである。

 ロシアと北朝鮮の急接近は2022年2月のウクライナ侵攻を機に始まり、ロシアの弾薬不足によってさらに加速した。19年2月にハノイでの米朝首脳会談で制裁解除を引き出すことに失敗し、核・ミサイル開発に拍車をかけていた北朝鮮にとっては願ってもなかったことだろう。

 侵攻開始時の文在寅(ムン・ジェイン)政権も対露制裁に加わり、ロシアが侵攻直後に発表した「非友好国」48カ国の一つに挙げられている。米韓同盟を安全保障政策の基本としている以上、進歩派政権であっても制裁に加わらないという選択肢はなかったということだ。

 侵攻開始の2カ月半後に発足した尹政権が「価値外交」を掲げて日米との安保協力を推し進めたのは事実だが、その背景にあるのも米中対立の長期化と米露対立の深刻化だ。それを考慮しないまま、尹政権の外交が露朝接近に「大きな役割」を果たしたという主張には首をかしげざるをえない。

 ただ、ハンギョレ新聞も4日後の社説では「外交惨事に近い対露外交の失敗だ」と批判しつつ、「今回の朝露条約締結には新冷戦という構図が大きな影響を与えた。それだけに全てを尹錫悦政権の責任とすることはできない」と事実上の修正を図った。さすがに尹政権の外交を主因とするのは無理があるとなったのではないだろうか。そう思えるのである。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

10月15日・22日合併号

歴史に学ぶ世界経済第1部 マクロ、国際社会編18 世界を待ち受ける「低成長」 公的債務の増大が下押し■安藤大介21 中央銀行 “ポスト非伝統的金融政策”へ移行 低インフレ下の物価安定に苦慮■田中隆之24 インフレ 国民の不満招く「コスト上昇型」 デフレ転換も好循環遠い日本■井堀利宏26 通商秩序 「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事