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韓国の曺国元法相は3年後の大統領選を狙うのか 澤田克己

総選挙で当選した曺国元法相(ソウルで行われた反尹錫悦政権デモに参加)=2024年3月16日 共同
総選挙で当選した曺国元法相(ソウルで行われた反尹錫悦政権デモに参加)=2024年3月16日 共同

 韓国総選挙の1カ月前に新党を立ち上げて旋風を巻き起こし、自らも当選した曺国(チョ・グク)元法相の去就が注目されている。娘と息子の入試に関する不正事件などで起訴され、ソウル高裁で2月に懲役2年の実刑判決を言い渡されて上告中の身だ。実刑判決が確定すれば国会議員の身分を失い、収監される。にもかかわらず、3年後の大統領選への出馬が取り沙汰されているのだ。

 曺氏は文在寅(ムン・ジェイン)前政権の看板政策だった「検察改革」を巡って、当時は検事総長だった尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領と激しく対立した。熱心な政権支持者だった人たちからは、現在も熱狂的な人気を集めている。

 特に中高年女性からの支持が強い。韓国紙の記者は「ウェットティッシュ部隊という言葉までできたからね」とあきれ顔で話す。裁判所に出廷した際などに、曺氏の車をウェットティッシュで献身的に拭く女性支持者たちが何人もいたのだという。

検事総長だった尹錫悦大統領とは激しく対立=2023年10月31日 Bloomberg
検事総長だった尹錫悦大統領とは激しく対立=2023年10月31日 Bloomberg

 今回は自らの名前と同音異義語である「祖国」を党名にした新党「祖国革新党」を3月に創設して比例区(定数46)で戦い、得票率24.25%で12議席を得た。韓国ギャラップ社が4月26日に発表した世論調査での政党支持率は、与党・国民の力33%、最大野党・共に民主党29%、祖国革新党13%となっている。

常識的には8年後の「次の次」だが

 常識的に考えると、曺氏が次の大統領選に出るのは難しい。それほど複雑な事件ではないから上告審に時間はかからないだろうし、結論が覆る可能性も低いという見方が一般的だ。大統領選までには刑期を終えるだろうとみられているが、それでも刑の執行を終えてから5年間は被選挙権がない。となると、狙うのは8年後の「次の次」ということになるはずだ。

 だが話題になるのは3年後の大統領選への出馬だ。穏健保守の長老で、政界のご意見番的存在である尹汝雋(ユン・ヨジュン)元環境相は、選挙結果を受けた韓国メディアのインタビューで「(3年後も)絶対に不可能だとばかりは言えない」と話した。

 変化の早い韓国政治では何が起きるか分からないという意味かと問うた司会者に、尹氏は「裁判所が不問に付すことはないだろうが、だからといって破廉恥だったり政治的だったりという犯罪でもない。人々は(訴追を)かなり過酷だと考えているようだ」と答えた。

青瓦台に掲げられている歴代大統領の肖像=2023年10月2日、福岡静哉撮影
青瓦台に掲げられている歴代大統領の肖像=2023年10月2日、福岡静哉撮影

 韓国の司法専門記者によると、そもそも被選挙権を回復する時期はいつかという法解釈については2説あったという。一つは「刑の執行を終えれば選挙に出られる」、もう一つが「刑の執行を終えても5年間はだめ」というものだった。結局は後者が大勢となったものの、曺氏側近は前者を考えているようだと話す政界関係者もいる。

審理が長引けば逆に有利

 韓国紙・中央日報(電子版)はさらに、上告審に予想外の時間がかかる可能性を指摘した。3年後までに刑が確定しなければ、そもそも公民権停止にならない。大統領選で勝てば、憲法で保障された大統領の不訴追特権によって任期中は公判停止となる。法律上はそうした解釈が多いという。

 興味深いのは、最高裁の判事全員で審理する大法廷に回付される可能性だ。現在は「部」と呼ばれる小法廷での審理となっているものの、部に所属する判事4人の意見が一致しない場合には大法廷に回付されるのが原則だ。大法廷に回されれば、当然のことながら時間がかかる。

 判事の構成も注目される。曺氏の上告を審理する「部」は、中道保守に分類される判事2人と進歩派の判事2人の計4人だ。進歩派判事の1人は、曺氏が著書で「親友」と書いたソウル大法学部の同窓生だという。文在寅政権下の2020年に最高裁判事に指名された際には、国会の人事聴聞会で「曺氏の事件は(友人であることが)忌避事由になりうる」と認め、判事が自ら担当を外れる「回避」を「積極的に検討する」と述べた。ただ実際には、4月23日の記事掲載までに「回避」を申し出てはいないという。

 弁護側の法廷戦術もある。弁護団は上告審で、起訴された12の罪のうち一部での「法理的争点」について集中的に争う計画だという。争点についての審理が尽くされていないと最高裁が判断して高裁に差し戻せば、高裁でのやり直し裁判となる。そこで負けても再上告できるので、こうなると裁判はいつ終わるかわからなくなる。

 4月22日にテレビ出演した曺氏は、3年後の大統領選への出馬について「あまりにも先の話だ。私は新生政党の新人政治家だ。大統領選の話をするのはあまりに性急で、生意気な話だ」と語った。どう受け止めればいいのか、解釈が分かれそうな言葉である。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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