国際・政治

4月の韓国総選挙――野党は候補者選びでつまずき失速 澤田克己

韓国の最大野党・共に民主党の李在明代表=2023年8月24日 Bloomberg
韓国の最大野党・共に民主党の李在明代表=2023年8月24日 Bloomberg

 韓国で4月10日に総選挙(定数300)が実施される。5月で就任から2年となる尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権にとっては、5年任期の半ばでの「中間審判」だ。日本との関係を劇的に改善させた尹政権の浮沈がかかるだけに気になる選挙では、ここにきて最大野党・共に民主党が急速に失速している。

 最初に押さえておかなければならないのは、韓国の選挙情勢は目まぐるしく変化するということだ。最終的には二大政党が競りあう激しい選挙になるのが通例で、結果を予測するのは極めて難しい。

 尹大統領に対しては国内の理念対立をあおったり、批判を無視して強引な国政運営を進めるという批判が強い。支持率も歴代政権より低い数字で推移しており、与党・国民の力も勢いが見られなかった。

 昨年10月にはソウルでの区長補選で、与党候補が民主党候補に得票率で17ポイントという大差で負けた。与党は指導部を刷新して立て直しを図ったものの混乱が続き、昨年末の時点では総選挙での与党勝利を予想する人は皆無に近かった。

李在明代表が非主流派を排除

 状況が一変したのは、今年に入って民主党の公認候補選びが進み始めてからだ。韓国では政党主導の選挙が定着している上、各政党は選挙のたびに「刷新」をアピールしようと新人候補の擁立を競ってきた。選挙は小選挙区主体だが、候補選びでは現職より新人が優遇される。二大政党は議員の入れ替えを促進しようと、さまざまな基準で現職を評価し、下位1割や2割に入ると公認争いで大きなハンデを負うシステムを採用している。

韓国の尹錫悦大統領(ロンドンで)=2023年11月22日 Bloomberg
韓国の尹錫悦大統領(ロンドンで)=2023年11月22日 Bloomberg

 両党とも、恣意的な判断に影響されにくい「システム公認」だと強調するが、実際には指導部のさじ加減の余地が残る。日本の感覚では「選挙直前」と言えるタイミングで決まる候補選びで、公認を取れなかった非主流派が猛反発して混乱するというのが日常茶飯事となっている。

 ただ、今回の民主党の公認選びでの混乱は激しかった。李在明(イ・ジェミョン)代表に批判的な非主流派が露骨に排除され、反発した非主流派の現職議員の離党が相次いだのだ。民主党所属の国会副議長や昨年9月に李代表の逮捕同意案採決で造反したとみられるベテラン議員が与党へ移籍するケースまで出た。離党して新党に参加したり、無所属での出馬を表明する現職も少なくない。

「民主党を私党化するのか」の批判

 李代表には「民主党を私党化しようとしている」という批判が付きまとう。引き合いに出されるのが、大統領選の候補だった2021年11月に遊説先で語った言葉だ。

首都圏の選挙情勢はまだ見通せない(ロッテワールドタワーから見たソウル市内)=2023年11月28日 Bloomberg
首都圏の選挙情勢はまだ見通せない(ロッテワールドタワーから見たソウル市内)=2023年11月28日 Bloomberg

 極貧家庭に生まれて苦労した生い立ちを、李代表は「既得権層と戦いながらここまで来た」と振り返った。そして「その私が民主党という大きな器の中に閉じこめられていくようだ」と述べつつ、「『民主党の李在明』ではなく『李在明の民主党』にしていく」と口にしたのだ。

 今回の候補選びでは基準や手続き面での疑義が党幹部からも出されている。それでも李代表は「ルールが不利だ、試合で勝つのが難しい、などと言って途中で放棄するのは自由だ。しかし、まるで試合の運営に問題があるかのように言うのは正しくない」と取り合わない。離党者の続出にも「入党も自由だし、離党も自由だ」と言い放った。

与党も盤石ではない

 尹政権と与党には思わぬ敵失で、失地ばん回の好機となった。韓国ギャラップ社の定例調査では、年初に30%台前半だった大統領支持率が3月1日発表分では39%まで伸びた。与党・国民の力の支持率も前週比3ポイント増の40%で、同2ポイント減の33%となった民主党との差を広げた。

 とはいえ、254ある小選挙区の過半が集中する首都圏の情勢は依然として予断を許さない。国民の力は当初劣勢が伝えられたソウル(48小選挙区)での支持率を43%まで伸ばし、民主党の26%に差を付けた。だがソウルを上回る大票田である京畿道・仁川市地域(74小選挙区)での支持率は33%で、依然として39%の民主党にリードを許している。

 李代表の選挙区は仁川にある。民主党の強い地域で安泰と見られていたが、国民の力は元喜龍(ウォン・ヒリョン)前国土交通相を刺客として送り込んだ。元氏は次の大統領選を狙う大物で、知名度も高い。情勢次第では李代表が自らの選挙区に張り付かなければならない恐れも出てきそうだ。

 民主党関係者は「公認を巡る混乱もずっと続くわけではない。3月上旬のうちに収拾させられれば、反転攻勢が可能だ」と語る。民主党内の亀裂はかなり深いものの、かといって与党側が盤石の体制とも言いがたい。政界関係者からは「民主党支持だった人が棄権に回る可能性もあり、最後には投票率が勝敗に大きな影響を与える」という見立ても聞かれる。昨年末に語られていた与党大敗の可能性は低くなってきたものの、結局は最後まで気を抜けないレースが続きそうだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

インタビュー

週刊エコノミスト最新号のご案内

週刊エコノミスト最新号

4月30日・5月7日合併号

崖っぷち中国14 今年は3%成長も。コロナ失政と産業高度化に失敗した習近平■柯隆17 米中スマホ競争 アップル販売24%減 ファーウェイがシェア逆転■高口康太18 習近平体制 「経済司令塔」不在の危うさ 側近は忖度と忠誠合戦に終始■斎藤尚登20 国潮熱 コスメやスマホの国産品販売増 排外主義を強め「 [目次を見る]

デジタル紙面ビューアーで読む

おすすめ情報

編集部からのおすすめ

最新の注目記事