国際・政治

オシントで見る北朝鮮 「二つのコリア」は長期的トレンドの政策変更 澤田克己

北朝鮮の金正恩総書記(ベトナム・ハノイで)=2019年3月2日 Bloomberg
北朝鮮の金正恩総書記(ベトナム・ハノイで)=2019年3月2日 Bloomberg

 北朝鮮が韓国を「同族と認めない」と昨年末に宣言し、年明けから攻撃的な言動を続けている。南北統一を掲げてきた従来路線を放棄する「二つのコリア」路線だ。4月の韓国総選挙や11月の米大統領選をにらんだ動きだとも語られるが、専門家の間では長期的トレンドとしての政策変更という見立ての方が多いようだ。公開情報を用いた情勢分析「オシント(OSINT=Open Source Intelligence)」の手法で考えてみたい。

最初の動きは2016年

 近年は、ソーシャルメディアなどネット上の情報などを分析する手法が注目されているが、オシントそのものは第2次世界大戦の際に各国の情報機関が始めたものだ。英国がドイツのラジオを傍受して動向分析に使い、各国が追随した。かつては「モニタリング」とも呼ばれ、北朝鮮のような閉鎖的な国の動向分析に活用されてきた。

 日本では、戦前に米英の情報分析に当たった外務省ラヂオ室を源流とするラヂオプレス(RP)が主な担い手となっている。北朝鮮や中国、ロシアなどの国営メディアが伝えるニュースなどの公開情報を分析し、政府や報道機関に情報を提供する。

 RPの分析に詳しい専門家によると、北朝鮮の対南方針の変化を示すとみられる最初の動きは2016年6月に起きていた。韓国との対話や交流の窓口だった祖国平和統一委員会の位置づけを、朝鮮労働党傘下の民間団体から国家機関に変更したのだ。いま振り返ってみると、韓国との関係において国家を前面に出し始める契機だった。

金正恩氏の妹・金与正氏(ベトナム・ハノイで)=2019年3月1日 Bloomberg
金正恩氏の妹・金与正氏(ベトナム・ハノイで)=2019年3月1日 Bloomberg

 当時は、韓国側が政府機関の統一省を窓口にしているのに合わせたのだろうとか、金正恩(キム・ジョンウン)政権になって国家を前面に出す統治スタイルが強まっていることの反映ではないか、と考えられたという。その時点で「二つのコリア」路線の予想はできなかったが、さかのぼって変化を検証するのもオシントの重要な機能である。

祖国平和統一委員会の談話が途絶える

 金正恩氏が権力を継承したのは11年末だ。当初は先代の「わが民族第一主義」というスローガンが踏襲されたが、17年11月の『労働新聞』に「わが国家第一主義」という言葉が登場した。祖国平和統一委員会の位置づけ変更に続く変化だった。そして19年1月の金総書記による新年演説で、「わが国家第一主義」という言葉だけが使われるようになった。

 RPによると、米韓合同軍事演習を非難するためによく出ていた祖国平和統一委員会の談話や声明は同年8月を最後に途絶えた。もう一つの対南窓口だった朝鮮アジア太平洋平和委員会の声明なども同年12月が最後となった。翌20年1月には祖国平和統一委員会の委員長だった李善権氏が外相になっていたことが判明した。後任の名前は報道に出てこず、いるかどうかも分からない状況になった。

韓国は「敵対的な外国」に(平壌で行われた軍事パレードを見学する金正恩氏を伝える韓国のニュース)=2022年4月26日 Bloomberg
韓国は「敵対的な外国」に(平壌で行われた軍事パレードを見学する金正恩氏を伝える韓国のニュース)=2022年4月26日 Bloomberg

 同年6月には金与正(キム・ヨジョン)党第一副部長が「対南事業を徹底的に対敵事業へと転換すべきだ」と強調し、開城にあった南北共同連絡事務所が北朝鮮によって爆破された。さらに21年1月の第8回党大会では、かつては重要ポストだった対南担当の党書記が任命されなかった。そして3月には金与正氏が談話で、祖国平和統一委員会の「整理」や南北交流担当組織の廃止に言及した。

 こうした一連の流れを経た上で、昨年7月に金与正氏が談話で韓国のことを「大韓民国」と呼び始めた。金正恩氏が年末の党中央委員会総会で「統一は成就しえない」などと宣言したことで、韓国を「敵対的な外国」と見る姿勢は明確なものとなった。

金正恩氏はリアリストか

 こうして見ると「二つのコリア」路線が、突然出てきたものではないと分かる。だから長期的トレンドとしての政策変更であり、簡単に覆されることはないだろうという評価が出てくるのだ。

 北朝鮮の意図は明確でないものの、金正恩氏の言動にリアリストとしての側面が強いこととの関連を挙げる専門家が多い。

 金正恩氏がリアリストだというのも、ミサイル開発の過程であっさり失敗を認めたり、平壌と地方の経済的格差があることを演説で認めたりという公開情報に基づく判断だ。失敗したら改善策を探れ、格差があるから対策を打て、と指示してきたのである。金日成の掲げた統一路線を放棄したのも、同じ流れで判断できるということだ。

 もちろん政策というのは一つの目的だけで打ち出されるものではない。特に、いつ、どういう形で打ち出すのかは周辺情勢を見ながら決めるものだ。だから「二つのコリア」路線を打ち出した時期については、米国や韓国へのけん制を意識して調整した可能性がある。ただ米国がオバマ政権で、韓国は朴槿恵政権だった頃から準備してきた政策であるとすれば、米韓両国の政権の性格がそれほど大きな要因になったとは考えづらいのである。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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