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韓国総選挙は与党大敗 韓国政界が日本と決定的に違うこと 澤田克己

尹錫悦政権の与党は総選挙で大敗(大統領府からテレビ演説する尹錫悦大統領)=2024年4月1日(共同)
尹錫悦政権の与党は総選挙で大敗(大統領府からテレビ演説する尹錫悦大統領)=2024年4月1日(共同)

 韓国の総選挙(4月10日)は尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の与党「国民の力」の大敗に終わった。野党だった4年前の前回より獲得議席数を少し増やしたが、この時は新型コロナウイルスの第1波がちょうど収まったという絶妙なタイミングだった。韓国の対応が国際的にも高く評価され、文在寅(ムン・ジェイン)政権に強い追い風が吹いた時期だ。そうした特殊要因がないうえに、与党という立場でここまで負けたのは、やはり歴史的大敗としか言うしかない。

 敗因は、唯我独尊とも言える尹大統領の言動だ。それに加えて、3月に旗揚げした曺国(チョ・グク)元法相の新党が突風を巻き起こした影響を受けた。ただし、尹政権の対日姿勢がこれで大きく変わるとは考えにくい。そうした内容は既に多くのメディアで指摘されているので、ここではいくつか興味深いデータを紹介したい。

高かった投票率

 まずは全体の結果を確認しよう。小選挙区254、比例46の計300議席が争われた。結果は、国民の力が108、最大野党「共に民主党」が175、比例区だけに候補を立てた祖国革新党が12、その他が5となった。

李在明代表率いる最大野党「共に民主党」が勝利(仁川の選挙事務所で)=2024年4月11日 Bloomberg
李在明代表率いる最大野党「共に民主党」が勝利(仁川の選挙事務所で)=2024年4月11日 Bloomberg

 投票率(暫定集計)は67.0%で、民主化から間もない1992年総選挙の71.9%に次ぐ高い水準となった。前回の66.2%よりは0.8ポイント高い。2000年代以降は50%台が珍しくなかったのだが、この2回は高い投票率となった。

 出口調査によると、小選挙区で最大野党「共に民主党」の候補に票を投じた人の4割が比例では祖国革新党に入れた。民主党の李在明(イ・ジェミョン)代表による強引な党運営に嫌気が差した支持者が棄権に回るのではないかと見られていたが、この層を祖国革新党が掘り起こしたとみられる。接戦の選挙区では、これが決定的な要因になった可能性が高い。

女性の当選者は20%

 小選挙区の怖さを改めて実感させるのが、与野党の得票率と獲得議席のギャップである。韓国紙「中央日報」によると、全小選挙区での得票を積み上げると民主党50.5%、国民の力45.1%で、その差は5.4ポイントしかなかった。だが、小選挙区での獲得議席数では、民主党161、国民の力90という大差がついた。

 得票率1ポイント程度の差で決まった選挙区が多く、1000票以下の接戦で民主党候補が制した選挙区もある。祖国革新党の野党票掘り起こし効果が大きかったことは、ここからも伺える。

 女性の当選者は60人で、20%を占めた。順番を付けた候補者リストを事前に提出する比例区では、男女を同数にするよう法律で定められている(日本のような重複立候補はない)。各党とも名簿順位の奇数を女性に割り当てているのだが、そもそも比例の定数が少ないので効果は限定的なようだ。

 それでも2021年総選挙の女性当選者が9.7%にとどまった日本よりはましだ。ちなみに世界経済フォーラム(WEF)の発表するジェンダーギャップ指数では昨年、韓国が146カ国中105位で、日本は125位だった。

毎回、新人議員が多く当選

 日本との政治風土の違いを感じさせるのが、入れ替わりの激しさだ。今回は45%に当たる135人が新人だった。他は当選2回が77人、3回47人、4回24人、5回13人、6回4人で、7回以上はゼロ。解散のある日本の衆院議員との直接的な比較は難しいが、6期を努めあげても24年である。

選挙結果を見守る「祖国革新党」の曺国元法相=2024年4月10日 Bloomberg
選挙結果を見守る「祖国革新党」の曺国元法相=2024年4月10日 Bloomberg

 新人の多さは今回にとどまらない。盧武鉉政権下で与党が圧勝した2004年には当選者の6割超にあたる187人が新人だった。その後も、当選者の多くを新人が占めることが常態化している。初当選は08年が133人、12年は148人、16年は132人、20年が151人に上った。

 日本ではどうか。民主党への政権交代選挙となった09年の衆院選でさえ、当選した新人は158人で全体の3分の1にとどまった。これでも、戦後すぐの1949年の衆院選以来の高い比率だ。21年の前回総選挙で当選した新人は97人で、全体の20.8%だった。

 これは、与野党問わずリーダーに権力が集中する韓国の政治構造に通じるのだろう。今回は民主党の李代表による露骨な非主流派排除が問題視されたものの、それは「度が過ぎている」というものだった。

 大統領や野党代表の意向で党の公認が左右されるのは日常茶飯事だし、縁もゆかりもない選挙区からの出馬を現職議員に事実上強いられる「国替え」も同様だ。世論も、ベテラン議員を切り捨てて新人を据えることを好意的に見る風潮が強い。そうなると議員の方も、選挙区での地道な後援会作りはおざなりになりがちだ。

進歩派の「86世代」が健在

 国会議員が多選を目指さないことには制度論からの説明もある。

 大統領選出馬を狙う有力議員からかつて「議院内閣制の日本では理解されないかもしれないが、国会議員として多選を重ねることに意味はない。単なる『ベテラン議員』になってしまう」と聞いた。大統領選出馬を狙うなら議員バッジにしがみつくだけでは足りない、という意味だ。

 日本の政治家からは「韓国の国会議員と付き合っても、すぐに顔ぶれが変わってしまう」という声をよく聞くのだが、日本とは違うのだとしか言いようがない。

韓国総選挙の開票作業=2024年4月10日 Bloomberg
韓国総選挙の開票作業=2024年4月10日 Bloomberg

 実際に文在寅大統領が初めて国会議員になったのは大統領当選の半年前だったし、尹大統領は政治経験ゼロでいきなり大統領になっている。盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領も00年総選挙で与党の岩盤地盤に出馬して敗れたが、無謀な戦いを挑む姿に共感した若年層に強く支持されるようになって2年後の大統領選を制した。

 当選者の年齢分布も興味深いものだった。今回は50代が150人でちょうど半分を占めた。続いて60代100人、40代30人、30代14人、70歳以上6人である。韓国メディアが「若返り」に着目する記事を書いた20年前の04年総選挙では、30代と40代が計129人と4割超だった。20年経って、この波がさらに大きくなって現れたと言える。

 韓国で「86世代」と呼ばれる、80年代に大学時代を送った60年代生まれの民主化世代だ。民主化運動を担ってきたという自負心を持ち、しかも「IMF危機」と呼ばれる97年の通貨危機でそれまで社会の中軸を担ってきた世代の多くが退場を強いられた。そこに金大中(キム・デジュン)政権(98~03年)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権(03~08年)という進歩派政権が続いたことで、政界を含む韓国社会の中心に躍り出た人々だ。

 近年はむしろ既得権益層になっていると批判され、特に下の世代からは評判が悪い。だが今回の選挙結果は、進歩派の中軸を占める「86世代」がまだまだ健在であることを示した。日米との連携を重視した軍事政権への批判を基調とする韓国の進歩派は民族主義の色彩が強く、日本との歴史認識問題では強硬な立場を取りがちなだけに、日本にとっては気になる点となりそうだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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