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国際・政治 北朝鮮

金正恩氏肖像画が金日成、金正日両氏と並んで掲げられる――偶像化に力を入れ始めた? 澤田克己

北朝鮮の中央幹部学校の施設内に並べて掲げられた(奥左から)故金日成主席、故金正日総書記、金正恩朝鮮労働党総書記の肖像画=5月21日、平壌(朝鮮中央通信=共同)
北朝鮮の中央幹部学校の施設内に並べて掲げられた(奥左から)故金日成主席、故金正日総書記、金正恩朝鮮労働党総書記の肖像画=5月21日、平壌(朝鮮中央通信=共同)

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の肖像画が、祖父の金日成(キム・イルソン)、父の金正日(キム・ジョンイル)の肖像画と並んでいる光景が初めて公開された。国営の朝鮮中央通信が5月22日に配信し、党機関紙「労働新聞」にも掲載された。

 日本メディアでも、金正恩氏の偶像化を進める作業の一環だろうと伝えられた。ただ金正恩氏は当初、自身の偶像化には慎重な姿勢を見せていた。そうした流れが、どこで変わったのだろうか。今後の動きを見極めるためにも、いったんこれまでの流れを振り返っておきたい。

当初は偶像化に慎重だった

 金正恩氏は、2011年12月の金正日死去に伴って権力を継承した。後継者として公式な役職に就いてから1年あまりで、年齢的にも20代後半という若さだった。それだけに指導力を疑問視する向きもあったが、後見役と考えられた実力者を次々と排除して独裁体制を固めた。

 ただ自身の偶像化には慎重な姿勢を見せていた。国民に奉仕する「親しみやすい指導者」像の演出に努め、「人民大衆第一主義」をスローガンに掲げた。19年には党行事参加者への書簡で「首領の革命活動と風貌を神秘化すれば、真実を覆い隠すことになる」と表明し、個人崇拝とは距離を置く姿勢を見せた。

 金日成、金正日と違って自らの誕生日を祝日にすることもない。そもそも生年月日は公表されてもいない。

軍事面では先代を超えた?(北朝鮮が宇宙ロケットと主張する発射体を発射したニュース)=2023年5月31日 Bloomberg
軍事面では先代を超えた?(北朝鮮が宇宙ロケットと主張する発射体を発射したニュース)=2023年5月31日 Bloomberg

 今年3月に筆者との共著で「最新版 北朝鮮入門」を上梓した慶応大の礒﨑敦仁教授(北朝鮮政治)によると、同じく世襲の権力者だった金正日とはかなり違う。1980年の党大会で後継者として表舞台に登場した金正日の肖像画は、80年代のうちに金日成の肖像画と並べて掲げられるのが当然となった。金正日の誕生日は、金日成が存命だった92年に「民族最大の名節」に指定されて盛大に祝われるようになっていた。

ミサイル開発で「国の格」を上げる?

 一方で北朝鮮の観点から見ると、金正恩氏は先代がなしえなかった実績を上げてきた。核・ミサイル開発に拍車をかけて核戦力を確立し、超大国・米国の大統領と堂々と渡り合った。対米交渉で大きな成果を生むことをできなかったとはいえ、「国の格」を上げたことになる。

 そして近年は、金日成や金正日の政策を失敗だったと評価して転換することをためらわなくなった。韓国を「外国」と規定し、統一政策を放棄したことはその典型例だ。今年の金日成誕生日(4月15日)関連行事では、例年使っていた「太陽節」という表現をほぼ使わなかった。

 労働新聞は20年秋ごろから、「首領」という表現を金正恩氏に使うようになった。もともとは金日成のみに使われた呼称で、国務委員長や党総書記といった具体的なポストよりずっと上の呼称だ。21年5月には「卓越した首領」となり、同年10月には「傑出した首領であられ、人民の偉大なオボイ(親)であられる敬愛する金正恩同志」と表現がアップグレードされた。

「3枚の肖像画」が広がるかに注目

 韓国メディアによると、金正恩氏の肖像画が初めて確認されたのは18年11月にキューバのディアスカネル国家評議会議長が平壌を訪問した時だ。両首脳の大きな肖像画が平壌の空港に掲げられた。

 党と国家の最高指導者になって10年となったことを記念する22年4月の行事では、壇上に大きな金正恩氏の肖像画が単独で掲げられた。この時期には、金日成と金正日の業績をたたえてきた朝鮮革命博物館にも金正恩政権期だけの展示室が作られたという。

 こうした流れを見ると、米朝首脳会談を実現させた頃から金正恩氏は自身を前面に押し出し始め、20年代になって偶像化に本格着手したのかもしれない。ただし今回の3枚の肖像画がどれほど大きな意味を持つのか、現時点で判断するのは難しい。

 今回、3枚の肖像画が並べられたのは、新しく建設された党中央幹部学校の教室だ。礒﨑教授は「党幹部を養成する特別な学校であるから、という可能性もある。各家庭や企業などにも(3枚の肖像画を並べる動きが)広がっていくのかが注目点だ」と話している。肖像画はこれから、金正恩政権の行方を占う一つのポイントとして注目されることになりそうだ。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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