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「弾劾」連発で政敵を追い詰める韓国政治の不幸 澤田克己

弾劾が多用される政治は健全か……(「脱北者の日」制定記念行事であいさつする尹錫悦大統領)=2024年7月14日、聯合ニュース・共同
弾劾が多用される政治は健全か……(「脱北者の日」制定記念行事であいさつする尹錫悦大統領)=2024年7月14日、聯合ニュース・共同

 韓国の政治ニュースで最近、「弾劾」という言葉をよく見かける。だが大統領をはじめとする公職者のポストを強制的に剥奪する重大な法律行為であるはずなのに、そうした重みは感じられない。国会で約6割の議席を持つ進歩派野党・共に民主党は閣僚や検事に対する弾劾訴追を連発し、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に対する弾劾も国会で議論の俎上に乗せようとしているのである。

共に民主党が検事4人を弾劾訴追へ

 民主党は7月初め、検事4人を新たに弾劾訴追する方針を決めた。韓国メディアによると、このうち3人は民主党の李在明(イ・ジェミョン)前代表に関係する疑惑を捜査していた検事たちだ。2027年の次期大統領選での雪辱を期す李氏は多くの事件で起訴されており、元側近が1審で有罪判決を受けるなどの逆風を受けている。

 保守系紙「朝鮮日報」は社説で、李氏の大統領選出馬を妨害するなら誰でも弾劾するという「政略的」なものだと断じた。普段は民主党寄りのスタンスが目立つ進歩系の新聞も「報復としての弾劾推進ではないかと疑われる余地がある」(ハンギョレ新聞)、「李氏を守るための検事弾劾だと疑われるなら『立法権乱用』との批判を免れるのは難しい」(京郷新聞)と社説で苦言を呈した。

 韓国では大統領や首相、閣僚などだけでなく、検事も弾劾の対象となる。いずれも国会在籍議員の3分の1以上による発議で弾劾訴追案が審議に付され、在籍議員の過半数(大統領だけは3分の2以上)が賛成すれば憲法裁判所への訴追が決まる。憲法裁は一審制で、ここで罷免が決まれば失職だ。

文在寅前大統領(大統領選挙の投票後に取材を受ける)=2017年5月9日 Bloomberg
文在寅前大統領(大統領選挙の投票後に取材を受ける)=2017年5月9日 Bloomberg

 文在寅(ムン・ジェイン)政権だった20年から国会の過半数を握ってきた民主党は、文政権だった21年に判事1人、尹政権になって以降の23年に閣僚1人と検事3人の弾劾訴追を主導した。このうち3人は憲法裁の審理が終わったが、いずれも却下や棄却で実際に罷免されたケースはない。ただ尹政権下では、訴追にまで至らなくても弾劾をちらつかせて圧迫し、政治任用の政府機関トップを辞任に追い込むケースが目立っている。

朴槿恵元大統領の弾劾で認識が一変

 弾劾制度に詳しい成均館大法科大学院(ソウル)の李煌熙(イ・ファンヒ)副教授は、朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾によって社会の認識が一変したと指摘する。「それまでは実際に適用される制度とは考えられていなかった」けれど、それ以後はたがが外れたということだ。

 保守派である朴氏の弾劾は、週末ごとに辞任を求める「ロウソク集会」に進歩派を中心とした100万人とも言われる人々が集まる中で実現した。罷免を受けて実施された大統領選で勝利した進歩派の文氏は、こうした動きを「民主主義の勝利だ」と誇った。弾劾は、進歩派にとって大きな「成功体験」だった。

 今年4月の総選挙で新党・祖国革新党を立ち上げて台風の目となった曺国(チョ・グク)氏は、尹大統領の弾劾訴追を主張している。文政権下で法相を務めた曺氏は、検察改革を巡って検事総長だった尹氏と激しく対立した過去があり、選挙期間中から弾劾を口にしてきた。そして民主党もここに来て、大統領弾劾訴追案に関する国会聴聞会を開こうとするなど前のめりの姿勢を見せている。

 メディアでも進歩派の論者は大統領弾劾を語ることが増えた。ハンギョレ新聞の論説委員はコラムで、中道層だけでなく保守派の一部にも尹政権の暴走ぶりへの憂慮が深まっていると指摘したうえで「これ以上壊れる前に正義を立て直し、国のあり方も正さなければならない」と主張した。直接的な言及は避けているが、大統領弾劾を念頭に置いていると読める。

「やり過ぎ」と見られたら逆効果

 中道紙・韓国日報によると、無茶な民事訴訟を起こせば訴訟費用の負担を命じられるし、無分別な刑事告訴をすれば罰せられるのに「弾劾には政治的負担がない」と問題視する専門家もいるという。政治的な分断が深刻化している現在の韓国では、民主党は弾劾攻勢によって支持者から喝采を浴びるので、憲法裁の審理で負けても失うものなどないという分析だ。

韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領の弾劾訴追を決定。青瓦台に向かうデモ隊=2017年3月10日 Bloomberg
韓国憲法裁判所が朴槿恵大統領の弾劾訴追を決定。青瓦台に向かうデモ隊=2017年3月10日 Bloomberg

 ただ前述の李副教授は、こうした見解に異論を唱える。保守派と進歩派という分極化が進んでいるとはいえ、選挙結果を最終的に左右するのは今でも中道層の動きだからだ。中道層に「やり過ぎ」だと見られれば、弾劾訴追をした側が大きな政治的打撃を被る可能性が高いという。

 好例が、04年に当時の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領が弾劾訴追された時に起きたことだ。朴槿恵弾劾の唯一の前例である。この時は、政権発足時の与党が分裂し、盧氏を支持する新与党は国会で約2割しか議席を持っていなかった。保守野党が強引に弾劾訴追案可決まで持ち込んだものの、直後の総選挙は与党の圧勝となった。憲法裁はその後、盧氏に対する弾劾訴追を棄却した。

現在の韓国政治のあり方に違和感

 李副教授は、民主党が強引に進めた弾劾訴追でも世論の反応は事案ごとに異なると指摘する。ハロウィーンを楽しむ若者ら150人以上が犠牲となった梨泰院(イテウォン)での群衆事故に絡んで担当閣僚が訴追された際には、政治的責任を取ろうとしない尹政権への批判の方が強く、強引な弾劾訴追も仕方ないという受け止めが多かった。そのため憲法裁で棄却されても、民主党への逆風が吹くことはなかった。

 だが、今回の検事4人の弾劾訴追推進に対する世論の風向きは少し違うようだという。そうした見立てに立つならば、無理な弾劾訴追だとして憲法裁で棄却されれば、民主党側に逆風となって返ってくる可能性を否定できないということになる。

 民主党がどこまで本気か分からないが、大統領の弾劾を強引に進めれば大きな社会的混乱を引き起こすのは必至であり、その影響がどう出るかは不透明だろう。

 そもそも尹氏の強引な政権運営への強い不満が世論の底流にあることは、多くの論者が指摘するところだ。筆者がこれまでにも書いてきたように、尹政権には異論を排除し、野党を敵視するかのような姿勢が目立つのである。だがそれでもなお、「弾劾」を軽々しく扱う現在の韓国政治のあり方には強い違和感を覚えざるをえない。韓国のベテラン司法記者に「(朴槿恵弾劾につながった)ロウソク政局の遺産ではないか。不幸なことだ」と語りかけると、残念そうに「その通りだよ」という答えが返ってきた。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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