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韓国与党代表に「反尹派」の韓東勲前法相 当面は協力体制維持か 澤田克己

韓国与党「国民の力」の党大会で代表に選出され演説する韓東勲氏=2024年7月23日、共同
韓国与党「国民の力」の党大会で代表に選出され演説する韓東勲氏=2024年7月23日、共同

 韓国の与党「国民の力」が7月23日の党大会で、空席だった代表に韓東勲(ハン・ドンフン)前法相を選出した。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領に近い「親尹」と呼ばれる党重鎮の3倍以上の支持を集めた代表選の結果は、4月の総選挙惨敗による尹氏の求心力低下を印象づけるものだった。とはいえ、これで与党の内紛が深刻化して政権ががたがたになるというわけではなさそうだ。何が起きているのか見てみたい。

尹大統領と同じ特捜畑

 韓氏はもともと、検事時代の尹大統領が一番目をかけていた後輩検事だった。ソウル大法学部在学中の1995年に司法試験に合格して検事となり、尹氏と同じ特捜畑を歩んだ。李明博(イ・ミョンバク)政権だった2009~10年には、エリート官僚の証である青瓦台(大統領府)勤務も経験した。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権初期にはソウル中央地検トップだった尹氏の下で次長を務め、李明博、朴槿恵(パク・クネ)という大統領経験者2人を逮捕した捜査の指揮に当たった。尹氏が検事総長に抜てきされると最高検の要職についた。その際、文大統領の側近で検察改革を主導した曺国(チョ・グク)元法相の家族を巡る一連の事件捜査を指揮して政権と対立し、その後、左遷された。

 19年夏に表面化した曺氏と尹氏率いる検察の対立は、文政権を嫌う保守派の中で尹氏に対する期待を高め、後の尹政権誕生につながる出来事だった。今年4月の総選挙を前に新党を結成して政界入りした曺氏は現在も、尹氏と韓氏に対する敵対感情を隠さない。

韓国の尹錫悦大統領=左から2人目=(ワシントンで開かれたNATO首脳会議にパートナー国として招待される)=2024年7月10日 Bloomberg
韓国の尹錫悦大統領=左から2人目=(ワシントンで開かれたNATO首脳会議にパートナー国として招待される)=2024年7月10日 Bloomberg

 文政権末期に閑職へ追いやられていた韓氏だが、22年5月に尹政権が発足すると法相として表舞台に戻った。政治的分極化の進む中、野党との対立をいとわない韓氏の攻撃的な姿勢は与党支持者から喝采を浴びた。そして昨年12月、総選挙を陣頭指揮する非常対策委員長に就任した。ここまでは完全に尹氏が引き上げた形だ。憲法で再選が禁じられている尹氏が韓氏を後継者にしたいと考えているのだろうと見られていた。

大統領夫人を巡る捜査で亀裂

 韓国メディアによると、「尹大統領のアバター」とまで呼ばれた韓氏の言動に変化が見られたのは、与党の非常対策委員長を引き受けることになった時期からだ。焦点は、大統領夫人の疑惑にどう対応するかだった。

 夫人を巡っては、高価なブランドバッグを知人から受け取ったことが問題視されていた。政権に批判的なネットメディアが隠し撮り目的で仕掛けたものだったが、法的には禁止された行為だ。野党は特別検察官による捜査を主張している。

 ただ公職者の家族による高額品受領に罰則規程までは置かれていないため、大統領や夫人が「不適切な行為だった」と謝罪すれば済む話だったという見方も強い。ところが愛妻家で知られる尹氏は夫人をかばう姿勢が際立ち、誰も強く言うことができないと言われる。

 こうした中、韓氏は委員長就任の翌月となる今年1月、夫人の疑惑について「前後の経緯に残念な点がある。国民が心配するものもっともな部分がある」と発言した。これを聞いた尹氏は激怒したとされ、大統領秘書室長が韓氏を訪ねて辞任を迫った。政界関係者は「この経緯を韓氏サイドがメディアにリークした。これで両者の亀裂は決定的になった」と語る。

4月の総選挙では惨敗(前列中央が韓東勲氏)=2014年4月10日 Bloomberg
4月の総選挙では惨敗(前列中央が韓東勲氏)=2014年4月10日 Bloomberg

 韓氏は総選挙直後、惨敗の責任を取って非常対策委員長を辞任した。ところが大方の予想を覆して2カ月後には党代表選出馬を表明し、今度は尹氏に批判的な党内「反尹」グループの代表格となる。そして冒頭に紹介したように圧勝したのである。

 金亨俊(キム・ヒョンジュン)培材大碩座教授(政治学)は代表選の結果について「親尹の没落だ。総選挙で惨敗した原因は尹大統領にあると多くの人が考えていることが背景にある」と指摘した。

いずれ与党内の主導権争いに

 韓氏の動きは2027年の次期大統領選をにらんだものだと見られている。韓国紙のベテラン政治記者は「韓氏は、09~10年の青瓦台勤務時代に大統領になりたいという夢を抱くようになったようだ。当時、韓氏がそう語るのを聞いた人がいる」と話す。日本の感覚では考えにくい話だが、韓国ではありかもしれないと思わせる逸話だ。

 韓国の大統領選を戦う与党候補は前任者の継承を訴えるのではなく、前任者との差別化を図ることが一般的だ。政権末期に支持率が落ちたり、側近や家族のスキャンダルが相次いだりすれば、大統領に与党が離党するよう迫ることもあった。

 それでも、大統領選まで3年近く残した段階で大統領と泥仕合を演じることは得策ではない。金教授は「大統領支持率は低いままだし、夫人の疑惑に対する世論も否定的だ。韓氏は、ここで尹氏との差別化をするのが有利だと考えているのだろう。ただ、現在の政治状況では大統領と与党代表にチキンゲームをする余裕などない。とりあえずは、互いの必要性に従って結果的に協力していくことになるだろう」と見通した。

 最大野党「共に民主党」関係者も「当面は微妙な緊張状態が続くということではないか。そう見ている人が多いようだ」と高みの見物といった様子を見せる。与党内の主導権争いが本格化するまでの「嵐の前の静けさ」なのかもしれない。

澤田克己(さわだ・かつみ)

毎日新聞論説委員。1967年埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学中、延世大学(ソウル)で韓国語を学ぶ。1991年毎日新聞社入社。政治部などを経てソウル特派員を計8年半、ジュネーブ特派員を4年務める。著書に『反日韓国という幻想』(毎日新聞出版)、『韓国「反日」の真相』(文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)など多数。

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