信託銀行の使い方 さまざまな資産の「置き場」 中立・安全・信頼のサービス=野崎浩成
フィンテック(金融とITの融合)を駆使する非銀行事業者が質の高い金融サービスを急拡大させる一方、超低金利が銀行収益を圧迫、まさに銀行氷河期の様相である。そんな「銀行冬の時代」にあって、ある意味で春の予感すらあるのが「信託銀行」である。意外に感じる読者がいるかもしれないが、時代の要請をきちんと受け止めれば、歴史的転換点を超えて飛躍できる数少ない金融機関となれるだろう。
信託銀行とは、普通銀行の業務に加えて兼営法(金融機関の信託業務の兼営等に関する法律)に基づき広義の信託業務を営む機関である。準拠法の違いはあれ、信託業務に従事する会社は、信託銀行15社、普通銀行等28社、運用・管理型24社(2018年6月末)などとなっており、信託の示す言葉のイメージ以上に数が多い。
しかし、不動産仲介が行える銀行は大手行系5社(三菱UFJ信託銀行、みずほ信託銀行、SMBC信託銀行、三井住友信託銀行、りそな銀行)と拠点が1カ所に限定される2社(新生信託銀行、ニューヨークメロン信託銀行)に限られるほか、幅広い信託ビジネスでの存在感としては表で示す信託専業銀行3行の存在感が目立つ。
利益相反への配慮
三菱UFJ信託銀行は5月、法人貸し出し等の商業銀行業務を三菱UFJ銀行へ移管し、「信託型コンサルティング&ソリューションビジネス」に向けて経営資源を集中させることを決めた。このグループ経営戦略上の意味合いは、同グループの二つの銀行に分かれていた貸し出し業務の一本化による効率化効果と、信託の持つ専門性を向上させることに伴う先鋭化効果を狙ったものと考える。それと同時に、企業取引における利益相反への配慮をうかがわせる。
利益相反への配慮とは、貸出先に対する優越的地位の乱用である。信託銀行が関与できる法人取引は幅広い。株式公開企業への証券代行業務、従業員の年金に関しての運用・管理の受託業務、不動産の取得・処分における仲介など信託独自の業務に、銀行の貸し出しなどの与信業務が加わる。法人取引における銀行の貸手としての優越的地位は過去の話という指摘もあろうが、企業の栄枯盛衰の中では銀行の与信が、他の取引に付随することを認識せざるを得ないケースもないとはいえない。その意味で、三菱UFJ信託銀行が下した決定は、こうした弊害を予防する措置として有効であろう。
また、信託銀行の特性として、機関投資家としての役割がある。年金などの運用を受託する場合に、重要な法人取引先が発行する議決権行使などに対してナイーブな問題が出てくる。
具体的には受託部門の独立性は内部管理上も担保されているが、完全に「空気を読まない行動(証券代行や不動産仲介などの業務を担う取引先に対する適切な議決権行使)」をとってきたかは論証が難しい。
また、バーゼル3をはじめとする国際的金融規制の変化も銀行経営にとっては重要な問題である。大ざっぱに言えば、バランスシート(貸借対照表)の大きな銀行ほど大きな規制コストを負担することとなる。信託銀行は、普通銀行が行う預金・貸し出し業務に代表される自己勘定と、既述の運用受託業務のような他人勘定を抱えているが、主な規制コストの源泉は前者である。
以上を踏まえると、産業金融の担い手としての使命の低下、利益相反のリスク、そして国際金融規制強化の三つの観点から、信託銀行の組織や機能について大胆な変革を検討してもよいのではないか。
事業承継
信託銀行が歴史的転換点を飛躍の起点とするため認識すべきなのが、信託固有の特性である中立性(客観性)、安全性、信頼性であり、また機能面からは価値転換、倒産隔離(エスクロー)、代理の各機能である。
こうした点を認識し取り組んだ例もある。中小企業の事業承継向けにりそな銀行が開発した「自社株承継信託」がそれだ。オーナー企業経営者が持ち株を信託し、実質的な支配権を維持しながら相続発生時に後継者に当該株式が交付される仕組みである。これにより、信託契約が遺言と同等の効果をもたらすほか、経営権も安定的に保全される。これは、信託勘定が第三者から影響を受けない中立性により、資産の移転を安全確実に行う代理機能によるものだ。
一方で、依然として悩みが解消されないのが、経営者が高齢化する中小企業の後継者不足である。この点に関しては、さまざまな事業をポートフォリオとしてデータベース化し、自治体などとも連携しながら包括的サービスとして提供するなどの工夫が考えられる。メガバンクなど大手行と地銀の枠を超えて提携によるネットワークなどにより、総合的な事業承継ソリューションを提供することが可能なはずだ。
情報銀行
個人的財産の承継に関しては、信託各行が提供する資産承継信託が契約者自身と家族など相続人の将来的キャッシュフロー(現金収支)を計画的に確保する商品である。また、りそな銀行の商品名「ハートトラスト」のように、契約者本人や家族の医療費などの必要に応じて柔軟に払い出せる資産承継信託もある。これこそ、中立性と安全性が背景となっている個人向けサービスである。
しかし、認知症などに伴う判断能力低下に伴う対応については、「家族信託」などの制度を使いやすく設計された商品は十分とは言えない。8月に発表された第一生命経済研究所の試算によれば、認知症患者が抱える金融資産は30年には215兆円と個人金融資産の10・4%に上るという。成年後見制度の使い勝手がよくない中で、この215兆円の不稼働資産を効果的に活用する工夫の余地が信託商品に残されているのではないか。
次にテクノロジー進展に伴う個人情報などのデータ管理の問題である。検索エンジンを活用した後、検索内容に呼応した商品の広告が画面に出るなど、インターネット上の活動が個人情報として集積され、さまざまな事業者が自身や他社のために活用することが常態化している。三菱UFJ信託銀行は7月、DPRIMEという個人データ集約のためのプラットフォーム、言わば情報銀行の実証実験の実施を発表した。これは、同社が開発したモバイルアプリケーションを通じて集められたデータを、顧客個人の意向に応じて提携事業者に提供し、個人はその対価を受け取るというものである。
信託銀行が持つ中立性や信頼性から、個人がこうしたプラットフォームに参加しやすい環境が整う。信託の対象が、資産から情報にまで拡張し、個人の情報を金銭的対価に変える価値転換機能を発揮するものである。
起業家支援
今後の課題は、マーケティングが不得手と言われる銀行業界にあって、この先行者メリットを十分に生かし、情報量としてクリティカルマスを超えられるかにかかっている。
最後に、起業家支援である。起業家精神発揮の阻害要因の一つは、借り入れに伴う個人保証の存在により、どんなに素晴らしいアイデアであっても個人の生活とビジネスの成否が不可分となることだ。つまり、ビジネスのための借財が人生の破綻に直結するリスクである。
信託は倒産隔離機能があると述べた。起業家によるビジネスを例にとれば、ビジネスが生み出すキャッシュフローを信託勘定で保全し、これを資金提供者に安全確実に届ける仕組みである。これにより、起業家は個人保証から解放されビジネスリスクと個人生活の隔離ができ、資金供給者は起業家の破綻や私的流用のリスクから一定程度守られる。起業家は、ビジネスの成功を私的利益に転ずるためにエクイティ(株式)を保有すればいいわけで、事業が軌道に乗った段階で会社組織への再編を行えばいい。
このように、信託は「自己勘定」から切り離されることにより、中立性が確立され、これに伴う信頼性がさまざまな事象、つまり金融資産、非金融資産、情報などの「置き場」として活用できる。そのため、時代の変化の要請に応じたサービスの提供が可能である。
(野崎浩成・東洋大学教授)
長期資金提供の役割を終え大手は5グループに再編
信託業務と銀行業務は、事実上の密接不可分な状況である。その背景は、明治維新以降の富国強兵政策、そして戦後の産業復興における資金供給を初期的使命として帯びていたことに起因する。
歴史的経緯の詳細については表に譲るが、日本興業銀行法が規定した公社債および株式の信託業務は、未成熟な家計貯蓄形成下における外資導入の必要性から来たもので、資本市場のインフラとしての役割が信託に求められた。
さらに戦後になると貸付信託法により、期間の長い貸付信託で集めた資金を長期にわたる返済を要するインフラ需要に振り向ける産業金融的な役割を信託銀行が担った。
しかしその後、1980年代後半からの法や規制の変化により、長期的な資金の供給者としての競争上の優位性は損なわれた。長期固定金利での貸し出しが信託銀行の強みであったが、オフショア(非居住者に対して税制優遇している国・地域)市場からの長期資金による融資(ユーロ円インパクトローン〈使途制限ない融資〉)や金利スワップなどの金融派生商品登場により、業容で勝る都市銀行が信託銀行の牙城を攻略、産業金融を支える使命は希薄化した。
90年代には、金融制度改革をテコに普通銀行や証券会社が信託銀行子会社を設立し、信託ビジネスを侵食する動きも出てきた。ただでさえ、バブル期に不動産向け融資などの焦げ付きで痛手を負っている状況での本業圧迫は、その後の業界再編を加速させ、主要な信託銀行がメガバンク傘下となり、三井住友信託銀行とりそな銀行のみが独立性を維持する現在の姿となった。
(野崎浩成)