経済・企業特集

私はこう見る サウジアラムコIPO断念 資金源なく改革主導の皇太子に暗雲=畑中美樹

     ロイター通信は8月下旬、サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコのIPO(新規株式公開)が事実上、断念されたと報じた。筆者がサウジ国内の事情通に聞いたところ、海外市場でのIPOに伴うアラムコの企業内容の公開により、石油埋蔵量や生産コスト、国内引き渡し価格や石油収入のサウジ国内での流れなどが明らかになることを恐れたことが、IPO断念の大きな理由という。

     この事情通によると、サウジ政府がIPO断念を決めたのは6月だったが、サウジに対する信頼の喪失を懸念した高官たちが極秘にしてきた。今後、アラムコは石油化学大手サウジ基礎産業公社への出資に集中するため、IPO向けの金融顧問団は既に解雇したという。

    海外からの投資が8割減

     ムハンマド皇太子(33)が進める、2030年を目標とした脱石油の構造改革「ビジョン2030」(16年4月発表)の重要な資金源であるアラムコのIPOが実現しない見通しとなったことは、それに代わる新たな資金獲得策が必要となったことを意味する。

     ビジョン2030には、18年中にもアラムコ株式の5%未満を売り出し、その資金を基に経済構造改革を目指すことが盛り込まれている。アラムコの企業価値は2兆ドル(約220兆円)と言われており、株式の5%だけでも時価総額は1000億ドル(約11兆円)となる。

     ビジョン2030の実行主体である政府系ファンド「公共投資ファンド(PIF)」は9月中旬、欧米日などの十数行の金融機関と総額110億ドル(約1兆2100億円)の借り入れ契約に調印したが、アラムコ上場で見込んでいた調達額の10分の1程度にとどまる。

     さらに財政状況が芳しくないこともビジョン2030実現のハードルになっている。原油価格の上昇と引き締め気味な財政運営にもかかわらず、イエメン内戦への介入による戦費が予想外にかさんでいることも影響し、財政収支は17年まで4年連続の赤字を計上。18~19年も赤字が見込まれている(図)。

     加えてサウジへの投資も大幅に減少している。今年6月に発表された国連貿易開発会議の報告書によると、17年のサウジへの海外からの投資流入額は前年比約8割減の14億ドル(約1540億円)にとどまった。小産油国オマーン(19億ドル)や中東の非産油国ヨルダン(17億ドル)の投資流入額さえも下回り、サウジ政府関係者に衝撃を与えた。海外投資家が経済改革の行方を見極めるために慎重姿勢を取っていることが影響しているとみられる。

     脱石油の中心地として昨年建設を打ち出した紅海沿岸の新都市「NEOM(ネオム)」への投資も進んでいない。サウジ政府が5000億ドル(約55兆円)を投じるネオムは、再生エネルギーや人工知能(AI)などの最先端技術の集積地とする計画だが、国内外の関心は低い。それを見かねたサルマン国王(82)が今年8月、夏季休暇を同地で過ごし、定例の閣議も開催して売り込むなど、知名度向上に躍起となっている。

     アラムコの上場で見込んでいた資金が獲得できないうえ、財政状況が好転せず、国内への投資も減少する中で、ビジョン2030の実現は一層、困難になっている。

    拡散したクーデター説

     資金的な問題が山積する中で、経済改革を積極的に推進してきたムハンマド皇太子の権勢に陰りがうかがえる動きも出てきている。

     4月21日、サウジの首都リヤドで娯楽用ドローン(小型無人機)の撃墜事件が発生。王宮近くで銃撃音が聞こえたこともあり、インターネットやSNS(交流サイト)上では一時、「クーデターではないか」とのうわさが広まった。さらに撃墜事件以降、しばらくの期間、皇太子が公の場に姿を見せなかったことで、うわさは一層拡大した。

     結局、皇太子は2カ月近く経過した6月14日、モスクワで行われたサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会の開幕戦「ロシア対サウジアラビア」の観戦に訪れて健在ぶりをアピール。ただし、その後はかつてのような目立った行動は見せていない。

     ムハンマド皇太子の動静が伝えられなくなるのと並行するように起きたのが、サウジ国内での女性を中心とする人権活動家の相次ぐ身柄拘束である。国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は8月、少なくともサウジ人女性8人を含む12人の人権活動家が5月以降に拘束されているとの声明を出し、サウジ政府に強く抗議している。

     皇太子は、女性の自動車運転の解禁など大胆な女性解放政策を進めてきたが、イスラム教保守層の反発もあった。サウジ専門家の多くは、こうした皇太子の雲隠れと同時期からの人権活動家の相次ぐ拘束について、性急な改革に反対してきた国内保守派勢力の巻き返しの一端との見方を強めている。

    王子が国王・皇太子批判

     さらに最近のサウジにおける異変は、王族サウド家内にも及んでいる。サルマン国王の実弟で王子のアハマド元内務相(75)は9月初旬、ネット上で公開した約2分間のビデオの中で「サウド家の全員を非難するな。イエメン戦争には責任ある者たちがいる。それは国王と彼を継ぐことが確実な者だ」と述べ、サルマン国王とムハンマド皇太子を批判した。

     サウド家の中でも人望のあることで知られるアハマド王子の発言に対し、SNS上では支持する反応が相次いだ。サウジ国営通信は、同王子が「私は単に国王と皇太子が国家の出来事や議論に責任があることをはっきりと説明したかっただけである」との短い公式声明を発表して釈明したと伝えたが、関係者によると、王子自身は報道を否定しているという。

     今回のアハマド王子の発言が示すように、サウド家の内部からも現在のサルマン国王・ムハンマド皇太子の独善的ともいえる統治のあり方に批判が出ている。仮に高齢のサルマン国王が逝去した場合、強力な後ろ盾をなくしたムハンマド皇太子がすんなりと後継の国王に就任できる保証はない。

     アラムコのIPO断念と内政の混乱により、サウジの脱石油に向けた経済改革には暗雲が垂れこめている。

    (畑中美樹・国際開発センター研究顧問)

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